野いちご源氏物語 二〇 朝顔(あさがお)
源氏(げんじ)(きみ)はもう口説きようがなくなってしまわれた。
かといって、しつこく(うら)(ごと)を言えるようなお年でもいらっしゃらない。
立ち去るしかないわね。
「世間の(うわさ)になりそうな()(さま)です。私をこんなにみっともない目に()わせたなどと、誰にもおっしゃらないでください」
と言い残して、あとは会話の取次(とりつ)ぎ役をしていた女房(にょうぼう)と、ひそひそ何か話していらっしゃる。

女房たちは、
「もったいのうございますよ。どうしてそのように冷たくなさるのです。少しくらいお優しいお言葉をおかけになっても、無理やりなことをするような方ではいらっしゃいませんでしょう。こちらが心苦しくなってしまいます」
と騒いでいる。

姫君はそんなことは十分お分かりなの。
源氏の君のお優しさも誠実さもお分かりだけれど、源氏の君の恋心を受け入れることは、宮家(みやけ)の姫としての自尊(じそん)(しん)が許さない。
<世間は私が源氏の君のお美しさに魅了(みりょう)されたと思うだろう。それでは世間の女性と同列になってしまう。ふつうの女性はそれでよいだろうが、宮家に生まれた私は(りん)としていなくては。あれだけご立派な方なのだから、そうでなければ人づてにお話しすることさえ恥ずかしくなるではないか。たまに季節のお手紙をいただいたら無難なお返事をして、お越しになったときには女房を通して失礼でない程度にお返事をする。それでよいのだ>
と固く決めていらっしゃる。

<それよりも、長年神様にお仕えしてきたために、仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)ができていない。恋愛などよりも修行を行いたいけれど、深い考えもなく流行(はや)りに乗っただけのように世間から思われるのも嫌だ。世間は何かとうるさいものだから>
賀茂(かも)神社(じんじゃ)斎院(さいいん)でいらっしゃったころ、源氏の君との文通さえ世間から批判(ひはん)されたことを忘れてはおられないの。
女房たちにも気を許すことはなく、あちこち気になさりながら、修行をお始めになった。

式部卿(しきぶきょう)(みや)様が大切にお育てになった姫君といっても、その父宮(ちちみや)がお亡くなりになると、やはり心細いお立場ではある。
ご兄弟がお世話してくださるならよいのだけれど、あいにく(はら)(ちが)いのご兄弟ばかりで、あまり交流がなくていらっしゃる。
お屋敷は荒れていく一方なので、源氏の君とのご結婚に女房たちはこぞって期待しているの。
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