野いちご源氏物語 二〇 朝顔(あさがお)
叔母宮はいつものように昔のお話を長々となさる。
源氏の君はつまらなくて眠くなってしまわれたわ。
叔母宮もあくびをなさる。
「年寄りですから、もう眠たくなってしまって」
とおっしゃるそばからいびきが聞こえてくるの。
源氏の君はいそいそと立ち上がって姫君のお部屋へ行こうとなさる。
そこへ、これまた古めかしい咳払いをして尼姿の女房がやって来た。
年寄りくさい声で気取って言う。
「お声のかかるのをお待ちしておりましたが、なかなかかけていただけませんのでこちらから出てまいりました。このお屋敷にお仕えしていることをご存じかと思っておりましたけれど、あなた様は私のことなどお忘れだったのでございますね。まだお分かりになりませんか。亡き上皇様が『おばあ様』などとふざけて呼んでいらっしゃった、典侍でございますよ」
<十年以上前、好奇心に負けて関係をもった老女官か>
と源氏の君はお気づきになった。
典侍は引退したあと、出家して尼になっていたの。
今は叔母宮にお仕えしている。
源氏の君は噂でお聞きになったことはあったけれど、まさかいまだに生きているとは思っていらっしゃらなかった。
もう七十歳くらいのはずよ。
「あぁ、その声は一緒に昔話のできる貴重な人ではないか。おばあ様、あわれな私をかわいがってくださいませ」
のんびりと柱に寄りかかって冗談をおっしゃるので、前典侍は興奮してくる。
尼になっても男好きは変わらないのね。
年を取って歯が抜けてしまっているから、もごもごと聞き取りにくい声で甘える。
「私も年を取りましたけれど、あなた様だって」
<初めて会ったときからおばあ様だったが>
と源氏の君は苦笑いなさる。
<この人が典侍として内裏で活躍していたころのお妃様方は、ほとんど亡くなっておられるだろうに。入道の宮様などは三十七歳の若さでお亡くなりになった。奥ゆかしい女性ほど早く亡くなって、こういう女性は呑気に仏教の修行などしながら長生きする。皮肉な世の中だ>
源氏の君が黙り込んでいらっしゃるのを、前典侍は都合よく解釈して、さらに甘える。
「懐かしいあの夜を思い出します」
源氏の君はぞっとなさって、
「私たちはおばあ様と孫の関係ですから、来世でも一緒と決まっていますよ。安心してください。いずれゆっくりお話ししましょう」
と立ち上がってしまわれた。
源氏の君はつまらなくて眠くなってしまわれたわ。
叔母宮もあくびをなさる。
「年寄りですから、もう眠たくなってしまって」
とおっしゃるそばからいびきが聞こえてくるの。
源氏の君はいそいそと立ち上がって姫君のお部屋へ行こうとなさる。
そこへ、これまた古めかしい咳払いをして尼姿の女房がやって来た。
年寄りくさい声で気取って言う。
「お声のかかるのをお待ちしておりましたが、なかなかかけていただけませんのでこちらから出てまいりました。このお屋敷にお仕えしていることをご存じかと思っておりましたけれど、あなた様は私のことなどお忘れだったのでございますね。まだお分かりになりませんか。亡き上皇様が『おばあ様』などとふざけて呼んでいらっしゃった、典侍でございますよ」
<十年以上前、好奇心に負けて関係をもった老女官か>
と源氏の君はお気づきになった。
典侍は引退したあと、出家して尼になっていたの。
今は叔母宮にお仕えしている。
源氏の君は噂でお聞きになったことはあったけれど、まさかいまだに生きているとは思っていらっしゃらなかった。
もう七十歳くらいのはずよ。
「あぁ、その声は一緒に昔話のできる貴重な人ではないか。おばあ様、あわれな私をかわいがってくださいませ」
のんびりと柱に寄りかかって冗談をおっしゃるので、前典侍は興奮してくる。
尼になっても男好きは変わらないのね。
年を取って歯が抜けてしまっているから、もごもごと聞き取りにくい声で甘える。
「私も年を取りましたけれど、あなた様だって」
<初めて会ったときからおばあ様だったが>
と源氏の君は苦笑いなさる。
<この人が典侍として内裏で活躍していたころのお妃様方は、ほとんど亡くなっておられるだろうに。入道の宮様などは三十七歳の若さでお亡くなりになった。奥ゆかしい女性ほど早く亡くなって、こういう女性は呑気に仏教の修行などしながら長生きする。皮肉な世の中だ>
源氏の君が黙り込んでいらっしゃるのを、前典侍は都合よく解釈して、さらに甘える。
「懐かしいあの夜を思い出します」
源氏の君はぞっとなさって、
「私たちはおばあ様と孫の関係ですから、来世でも一緒と決まっていますよ。安心してください。いずれゆっくりお話ししましょう」
と立ち上がってしまわれた。