優しい声の人

合コン。
　その言葉を聞くだけで胃が痛くなる私は、今日もやっぱりその空気に飲まれていた。

「ねぇ、お願いだから！人数足りないの、ほんとに！」

　先輩にそう言われ、半ば強引に引っ張られてきたのは、少しおしゃれな居酒屋の半個室。
　隣の席には先輩たちがテンション高めに乾杯している中、私はひとり緊張で箸すらうまく持てない。

　初対面の男性たちに囲まれて、空気だけがどんどん熱を帯びていく。
　話しかけられても、うまく返せない。笑うタイミングすらわからない。
　早く帰りたい……。

　そんなふうに思っていたとき、ふと、目が合った人がいた。

　彼だけが、少し離れたところで静かに笑っていた。
　話しすぎず、でも気配りはしていて、料理を取り分けたり、飲み物の注文をさりげなく聞いてくれたり。

　目立たないけれど、安心感のあるその佇まいに、私は自然と目で追ってしまっていた。

　

　──帰り際。

「二次会行くよー！」という声が上がったけど、私はそっと席を立って会計へ向かった。
　すると、背後からやさしい声が響いた。

　

「……葉月ちゃん、ですよね？」

　

　びくっとして振り返ると、あの静かな彼がいた。
　距離は近すぎず、でもどこか温かい空気をまとっていた。

「はい……あの……」

「駅、同じ方向だったら……一緒に帰りませんか？」

「え、あ……はい」

「よかった。僕もちょうど帰ろうとしてたんです」

　その声は、やわらかくて、落ち着いていて――
　まるで夜の風みたいに、静かに私の中に吹き込んできた。