優しい声の人
居酒屋を出ると、夜風がふわりと頬をなでた。熱っぽくなっていた顔が少し冷える。
「さっき、あんまり楽しそうじゃなかったですね?」
「え……ばれてました?」
「うん。なんか、無理して笑ってる感じがしたので」
「……人見知りなんです、こういう場。話し上手な人が多いと、余計に圧倒されちゃって」
「わかります。僕も、苦手なんです。数合わせって言われて、来たんですけど……」
「私もです」
「……ですよね。なんか、同じにおいがしたので」
「ふふ……“におい”って」
歩幅を合わせてくれる彼のペースがちょうどよくて、不思議と緊張がほどけていく。
「さっき……名前、呼んでくれましたよね?」
「うん。“葉月ちゃん”って、聞こえてました?」
「はい。なんか、柔らかくて……」
「よかった。“ちゃん”づけ、嫌じゃなかったですか?」
「……むしろ、うれしかったです」
小さく笑うと、彼もほんの少しだけ頬を緩めてくれた。
「千歳っていいます」
「……え?」
「僕の名前。千の歳って書いて、千歳」
「きれいな名前ですね」
「ありがとう。葉月ちゃんも、いい名前。声に出すと、気持ちいい響きだなって思いました」
どうしよう。
さっきから、この人の言葉がいちいち優しくて、心の奥にすっと染みこんでいく。
駅の改札が近づいてくる。
もう少しだけ、この人と一緒にいたい。そんな思いが、ふわっと胸をあたためた。
「あの……もしよかったら、SNSとか、やってますか?」
「え?」
「電話番号聞くのはだとちょっと急かなって思って。連絡取れる手段だけでも……」
「……やってます。あまり投稿してないけど」
「それで充分です。よかったら、アカウント教えてもらえますか?」
「……はい」
スマホを差し出してアカウント名を検索する。
画面を見つめる横顔が近くて、ちょっとだけどきどきした。
「フォロー、させてもらいました」
「……ありがとうございます」
「じゃあ、また連絡しますね」
「……はい」
「おやすみなさい、葉月ちゃん」
「……おやすみなさい、千歳さん」
その夜、帰宅してスマホを開くと――
DMに「今日はありがとうございました」という一文と、やさしい微笑みのスタンプが届いていた。
「さっき、あんまり楽しそうじゃなかったですね?」
「え……ばれてました?」
「うん。なんか、無理して笑ってる感じがしたので」
「……人見知りなんです、こういう場。話し上手な人が多いと、余計に圧倒されちゃって」
「わかります。僕も、苦手なんです。数合わせって言われて、来たんですけど……」
「私もです」
「……ですよね。なんか、同じにおいがしたので」
「ふふ……“におい”って」
歩幅を合わせてくれる彼のペースがちょうどよくて、不思議と緊張がほどけていく。
「さっき……名前、呼んでくれましたよね?」
「うん。“葉月ちゃん”って、聞こえてました?」
「はい。なんか、柔らかくて……」
「よかった。“ちゃん”づけ、嫌じゃなかったですか?」
「……むしろ、うれしかったです」
小さく笑うと、彼もほんの少しだけ頬を緩めてくれた。
「千歳っていいます」
「……え?」
「僕の名前。千の歳って書いて、千歳」
「きれいな名前ですね」
「ありがとう。葉月ちゃんも、いい名前。声に出すと、気持ちいい響きだなって思いました」
どうしよう。
さっきから、この人の言葉がいちいち優しくて、心の奥にすっと染みこんでいく。
駅の改札が近づいてくる。
もう少しだけ、この人と一緒にいたい。そんな思いが、ふわっと胸をあたためた。
「あの……もしよかったら、SNSとか、やってますか?」
「え?」
「電話番号聞くのはだとちょっと急かなって思って。連絡取れる手段だけでも……」
「……やってます。あまり投稿してないけど」
「それで充分です。よかったら、アカウント教えてもらえますか?」
「……はい」
スマホを差し出してアカウント名を検索する。
画面を見つめる横顔が近くて、ちょっとだけどきどきした。
「フォロー、させてもらいました」
「……ありがとうございます」
「じゃあ、また連絡しますね」
「……はい」
「おやすみなさい、葉月ちゃん」
「……おやすみなさい、千歳さん」
その夜、帰宅してスマホを開くと――
DMに「今日はありがとうございました」という一文と、やさしい微笑みのスタンプが届いていた。