死に戻り聖女は兄の願いを叶えたい〜気づいていないけど、無償の愛に包まれています〜

祈りと懺悔

 アグネスはノアの隣で、女神への長い祈りの言葉を捧げている。
 一心に祈りを捧げているアグネスの横顔はとても真剣そのもので、机の上にあるランプの灯りがひとつだけの薄暗い部屋では月の青白い光を浴び美しい。
 しかし、このまま天に召されてしまうのではないかと思えてしまうほど儚げでもある。
 ノアはこのままではアグネスは光となって消えてしまうのではと思えて、思わずアグネスに声を掛けそうになったが、アグネスの祈りの邪魔をしてはいけないと思いとどまり、再び両手に力を込めて握りしめ祈る。

 ノアは祈っていると不思議と心が落ち着いたが、その一方で心に棘が刺さったかのようにずっと心にひかかっていて、自問自答を繰り返していることがあった。
 
 それは貴族派の都合の良い人質として自分の存在があったから、アグネスが王族派に人質同然で聖女候補だと最もらしい理由をつけられて大聖堂に軟禁され、貴族令嬢として学園生活を送って友人を作ったり、恋をしたりと普通の女性として当たり前のことを享受できなかったのだ。
 それがずっと心にひかかっていた。
 
 このことを何も知らないアグネスにどう話したら良いのか。なんと詫びれば良いのだろうか。
 今回の魔獣討伐はきっと難しい討伐になるだろう。
 自分が生きて帰れる保証はない。
 このままアグネスに本当のことを話して謝罪し償いをしたいが、そもそも自分がアグネスにこのことを話してしまって良いのだろうか。
 きっとこの場にレオンがいたなら、相談できたはずだ。
 でもこの場にレオンはいない。
 レオンが生き返ったなら、レオンを交えて話したかった。
 だからいまはアグネスとレオンの願いである「アグネスの幸せ」を叶えようと奮闘しているが、本当にレオンはこれで生き返るのだろうか。
 
 死に戻ったレオンと合流するために大聖堂に向かったセレーネが、もし死に戻っているはずのレオンと合流することが出来なければ、どうなるのだろう。
 もし、死に戻ったレオンとセレーネが「アグネスの願い」を叶えることが出来なければ、アグネスは消えてしまうのではないだろうか。
 どうなっているのかセレーネに確認したくても、今日の半鐘の知らせではセレーネは戻ってきていない。
 なにかが起こっているのだろうか。

 ただただ、言い知れぬ不安だけがノアに襲いかかる。

 「ノア、祈りの時間をありがとう」
 アグネスは長かった祈りの言葉をようやく終えて、弾けるような笑顔をノアに向けた。

 ノアは意を決した。
 跪いたままで祈りの態勢を崩さないでいた。
 
「ノア?」
「アグネスに懺悔をしたい。少しだけ時間を俺にくれないか?」
「懺悔?女神様でなくわたしで良いのなら聞くわ」

 アグネスは少し不思議そうな顔をしているが、そのまま両手を握りしめ、再び瞼を閉じて祈る態勢となった。
 ノアはひとつ深く深呼吸をした。
 
 アグネスが静かに女神に語りかけ始めた。
「寛大な女神様、いまからひとりの若者が心を開き、アグネス•ラチェットに罪を告白します。女神様もお聞き届けください」
 アグネスはノアに心配そうな眼差しを向け「女神様も一緒にお聞きくださいます。アグネス•ラチェットを信頼し貴方の心を開いて、貴方の罪を告白してください」と静かに告げた。

 ノアは緊張で上擦りそうな声を抑えて、低いゆっくりとした口調で話し始めた。
 
「私の罪を告白します。まず私の本当の名はランドルフ・ノア・ネーデルラントと言います」
 アグネスがその名に少しビクッと身体を揺らす。

「私の罪はこの世に生まれてきてしまったことです。私は生まれてきてはいけない人間だった。私が生まれてきてしまったためにふたりの女性が不幸になってしまった」
 
 その言葉を聞いたアグネスが驚いたように瞼を開け、ノアを見る。
 ノアはアグネスの反応を無視して、そのまま懺悔を続けた。
 
「一人目は私の生みの母だ。私を生んだために亡くなってしまった。そして、二人目。それがアグネス・ラチェット、貴女だ」
「ノア?」
「俺はネーデルラントの第一王子だった」
 国名を冠したその名前にアグネスは気づいている。驚きの表情のまま、黙ってノアを見つめる。
「アグネスが王族派の実質人質となり、大聖堂に6年も軟禁されたのは、私という何の力もない捨てられたのも同然の王子が王妃の都合の良い駒が存在していたからだ。だから、私とアグネスの人質交換が実現してしまった。私が生まれていなければ、アグネスの幸せを奪うようなこのようなことにはならなかったはずだ」

 ノアは瞼を開けて、自分をただただ見つめるアグネスと向き合った。

「アグネス、本当に申し訳ない。私という存在が貴女の幸せと未来を奪っていたのは事実だ。どれほどの償いをしても許されないことはわかっている。それにいまここで罪を告白するなど、自分が少しでも救われたいという私の我儘でしかない。この身で出来ることならどんな償いでもしよう。死ねというなら、この場で死のう。どうか貴女の希望を聞かせてほしい」
 黙って聞いていたアグネスの瞳は、悲しみで揺れているのがわかった。
 その綺麗な瞳が潤み、いまにも涙が溢れ落ちそうだ。

「ノア、生まれてきたことが罪だなんて、そんな悲しいことを言わないで」
 アグネスは声にならない声を出したかのように、口を少しぱくぱくさせた。

「…が、生まれて…きて、良かった。ノアが生まれてきてくれて良かった」
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