ホリー・ゴライトリーのような女




気が付くと、僕たち3人は、西船橋にある焼き鳥屋に入っていた。


普通なら、ここでシーの話をするところだが、シーの話題については、誰一人触れなかった。代わりに、バイト先の話で盛り上がった。特に盛り上がった話でいうと、社員の〇〇さんが発注ミスをして、蒸しパンが200個納品されたことだ。


「20個でも多いのに、200個って……すごいミスですね」


と梨本さんが逆さ箸で焼き鳥を串から外しながら言った。


「だろ? さすがのその人も責任感じちゃったみたいでさ、俺が交代で入った時、半泣きで蒸しパン20個くらい買って帰ってたよ」


と中山さんがビールを飲みながら言った。


「もっと日持ちするものだったらよかったんですけどね、蒸しパン200個は事件ですね……」


と僕はスマホをいじりながら言った。


「蒸しパン200個事件かぁ」と梨本さん。


「蒸しパン200個事件なぁ」と中山さん。


「蒸しパン200個事件ねぇ」と僕。


何年か経って、コンビニで働いている友人、「かまこ」に聞いたことがある。そういう発注ミスの場合は、大抵納品する側が確認のために連絡を入れることになっている、と。それは平成後期から令和初期にかけてできたルールかもしれない。しかし、当時は本当に蒸しパンが200個届いて、その様は圧巻だった。犯人の〇〇さんという社員は、本当にそういうミスが多かった。発注ミスだけではない。とにかくどこかおっちょこちょいというか、そのミスのスケールの大きさといったら、西郷隆盛の器の大きさに比例する。そのくせ、バイトの僕には口うるさかった。覇気がない、元気がない、声が小さいと、同じ意味の言葉をわざわざ別々のお皿に切り分けるような言い方をする人だった。しかし、当時のバイトはみんな彼に能力がないことは知っていたし、小馬鹿にもしていた。でも僕だけは、真面目に注意されたことを直し、わからないことは細かくしっかりと聞くようにしていた。それが彼の成長を阻害させるものだったのかもしれない。他のバイトと同じように、冷たくあしらうのがかえって、彼のためにはよかったのではないか、と。



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