ホリー・ゴライトリーのような女
正直僕は、その話を聞いてすっかりやる気を失せていた。俳優の醍醐味は、何と言っても、キャラクターを前に、自分なりにいろいろ考えて、想像の中で創造し、その通りに演じるところだ。犬の役が回ってきたら、徹底的に犬の行動や仕草を研究したうえで演じたいし、小学生役という依頼が来れば、何年生の小学生なのか、細かく設定をまとめた上で、今の時代に合わせながら作っていきたい。しかし今回の役柄、それが必要ないと金井さんは言う。それは、俳優としてキミは何もしなくていいと言われているのと同じことで、これほどの屈辱はなかった。
僕は脚本をろくに読まずに、クランクアップを迎えた。脚本をあまり読んでいないのだから、当然その都度カットがかかり、助監督の清原が台本を持ってくる。
「大丈夫? 疲れてる?」
「いや、うん。別に、はい。大丈夫です。はい」
と僕は不機嫌に対応した。相手役の女の先輩は、「落ち着いて行こう?」と励ましてくれた。でも僕はろくに返事もせず、台本に目をやって、セリフを頭に入れた。セリフは特に難しいものじゃない。人間、ここまでやる気を失うと、こうもセリフが頭に入ってこないものかと、なんだか不思議な体験だった。
見かねた金井さんが、撮影をストップした。ちょうどお昼時で、清原は周りにお弁当を配った。僕も1つ受け取って、みんなと離れたところで一人食べていた。すると、風に乗ってタバコの匂いがして、顔を上げると鹿波が咥えタバコで立っていた。
「のり弁の上に、切った唐揚げを乗せてる弁当ってあるじゃん?」
「鶏めしのこと?」
と僕は聞いた。「それ」とでも言うように、清原が頷いた。
「今日はそういうお弁当だったんだよ、元々。でも金井さんがさ、『俺はのり弁の上には、いろんなおかずが乗ってる方がいい』って言って、急遽、のり弁スペシャルになったの」
「それが?」
「ここでののり弁が映画の世界だとしたら、上に乗ってるおかずって俳優とか、スタッフでしょ? 好きなおかずもあれば、嫌いなおかずもあって、でも食べた人は、『あー、のり弁を食べた』って満足するの。嫌いなおかずは残す人もいるけど、結局はのり弁を食べたって満足しちゃうもんなのよ。今日のあなたは、しなしなのちくわの磯部揚げって感じの演技だけど、しなしなの方が好きな人だっていると思わない?」
「それは僕をはげまそうとしてるの?」
「どうだろ」と鹿波は紫煙を青空に向かって吐いた。
「少なくとも、あたしは、しなしなのちくわの磯部揚げ、嫌いだわ」