過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜
神崎は、静かに聴診器を外すと、ゆっくりと口を開いた。
その声は落ち着いていて、医者としての冷静さと、人としての優しさがにじんでいた。

「心室中隔欠損……」
少しだけ間を置きながら、雪乃の目を見て話し続ける。

「本来なら乳児期に手術されることが多いけど、ナナさん……」

その名前を聞いて、雪乃は少しだけ目を伏せた。そして小さく口を開く。

「……大原雪乃です。」

神崎は一瞬だけ頷き、優しい目を向ける。

「雪乃さんの心臓、今の音はね――血液が正常な流れをしていない音。
心室の壁に穴が空いてるせいで、左右の心室の血が混ざって、無理に押し出されてる。

それが雑音になってる……
その音が今は前より強くて、息切れや動悸が出るのも、それが原因。

心臓が無理してる。普通の人の倍以上、頑張ってる。だからしんどい。
……でもね、命に関わる状態でも、ちゃんと治せる疾患なんだよ。」

雪乃の目がわずかに揺れた。

胸の奥の深く、誰にも触れさせたくなかった領域に、
神崎の言葉が、静かに触れてくる。

どうしたい?
神崎が、そう尋ねた。

それは、医者としての判断を迫る声ではなく――
一人の人間として、彼女の意思を尊重する声だった。

雪乃は、唇をかすかに噛み、そして絞り出すように言った。

「治療は……いつかしたい。したほうがいいのも、分かってます。
でも今は……無理です。まだ。
もう少し働いて……ちゃんとお金を貯めてからじゃないと……」

目の奥に、わずかに滲むものがあった。

けれど泣くことはしなかった。
泣いても、現実は変わらないと知っているから。

神崎は少しだけ目を細め、ゆっくりと頷いた。

「わかった。無理にとは言わない。
……でも、病院に来たくないなら、ここでいい。定期的に、様子を見させて。
聴診だけなら、家でもできるし――病院じゃないから、お金もかからない。」

それは、一線を越えずに、でも確かに手を差し伸べてくれる提案だった。

一方的な押しつけじゃない。
選ばせてくれる自由が、そこにはあった。

雪乃は何も言えず、ただ静かに、深く一つ息を吐いた。

その胸の音が、少しだけ穏やかになったような気がした。
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