過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜
神崎は、白衣のポケットにカルテ端末を差し込んだまま、病棟の廊下をゆっくり歩いていた。
まだ朝のラウンドが始まったばかりの時間。
足音が、がらんとしたフロアに響く。
ナースステーションの角を曲がろうとしたとき、
「神崎先生」
背後から呼び止められた。
立ち止まると、夜勤明けの看護師が小走りで近づいてきた。
「大原さんのことで、報告があります」
眉をわずかに動かしながら、「どうしました?」と応じる。
「夜間にトイレに行って倒れたそうで、当直の溝口先生が診てくださいました。ただ、経過観察とのことで……特に処置や投薬はされていません」
「倒れた……?」神崎はわずかに目を細める。
「はい。熱が38.3℃あって、夜のラウンドのときには咳もしていたので、そのあたりも含めてご報告を、と思いまして」
「わかった、ありがとう」
一礼して、また足を進める。
けれど、その歩みの中に浮かんでいた苛立ちは、少しだけ落ち着いていた。
夜間に倒れたというのに、投薬もされていない。
どうせあの溝口のことだ、アルコール中毒の延長線程度にしか見ていなかったのだろう。
──予想通りの雑な診方だ。
だが今は、その怒りよりも先に、冷静に状況を判断する必要がある。
発熱と咳──このタイミングで、となると、何か感染症を併発している可能性もある。
もしくは、心不全の兆候だ。
彼女の身体には、繊細で、無理がきかない持病がある。
どれだけ表面が平静を装っていようとも、内部は危うい綱渡りのようなバランスで成り立っている。
「まずは血液検査だな」
心のなかで呟くと同時に、胸の奥にどす黒い不安が膨らむ。
この数日、彼女にいったい何が起きていたのか。
彼女自身が、自分の身体をどれだけ理解しているのか。
苛立ちと、焦燥と、責任──それらが胸の内でぶつかり合いながら、神崎は静かに雪乃の病室の前に立った。
まだ朝のラウンドが始まったばかりの時間。
足音が、がらんとしたフロアに響く。
ナースステーションの角を曲がろうとしたとき、
「神崎先生」
背後から呼び止められた。
立ち止まると、夜勤明けの看護師が小走りで近づいてきた。
「大原さんのことで、報告があります」
眉をわずかに動かしながら、「どうしました?」と応じる。
「夜間にトイレに行って倒れたそうで、当直の溝口先生が診てくださいました。ただ、経過観察とのことで……特に処置や投薬はされていません」
「倒れた……?」神崎はわずかに目を細める。
「はい。熱が38.3℃あって、夜のラウンドのときには咳もしていたので、そのあたりも含めてご報告を、と思いまして」
「わかった、ありがとう」
一礼して、また足を進める。
けれど、その歩みの中に浮かんでいた苛立ちは、少しだけ落ち着いていた。
夜間に倒れたというのに、投薬もされていない。
どうせあの溝口のことだ、アルコール中毒の延長線程度にしか見ていなかったのだろう。
──予想通りの雑な診方だ。
だが今は、その怒りよりも先に、冷静に状況を判断する必要がある。
発熱と咳──このタイミングで、となると、何か感染症を併発している可能性もある。
もしくは、心不全の兆候だ。
彼女の身体には、繊細で、無理がきかない持病がある。
どれだけ表面が平静を装っていようとも、内部は危うい綱渡りのようなバランスで成り立っている。
「まずは血液検査だな」
心のなかで呟くと同時に、胸の奥にどす黒い不安が膨らむ。
この数日、彼女にいったい何が起きていたのか。
彼女自身が、自分の身体をどれだけ理解しているのか。
苛立ちと、焦燥と、責任──それらが胸の内でぶつかり合いながら、神崎は静かに雪乃の病室の前に立った。