こちら元町診療所
そう呟いた先生の舌先が首筋を這い、
お腹に回されていた手がTシャツの
裾から滑り込み素肌に触れてきた。


「ッ!‥‥んッ‥‥」


『‥‥‥靖子が動くから興奮した。
 ちょっとだけ‥‥ね?』


「えっ!?ちょっとッ!先生!!」





静かなダイニングスペースで、
ニコニコしながら私を見つめる綺麗な
顔をギロっと睨むものの、相手には
全く堪えずで、仕方なく盛大な溜め息を
吐いてからクロワッサンを頬張った。


『美味しい?』

「はい、食べ物に罪はないですから。」

『フッ‥‥食べ物にはね‥‥ハハッ。』


全く‥‥‥
何がそんなに面白いんだか‥‥‥。


あのまま先生を止めてなかったら、
今頃どうなっていたかと思うと、
この家の方が安全じゃない気がして
ならない。


肘鉄を先生に思いっきりくらわせて
しまった事は申し訳なかったけど、
まだ気持ちの整理をしている最中に
先に進むべきじゃないと思ったからだ。


それに‥‥‥
洋太の事だってまだ不安が残ってる‥。


もしこっちに戻ってきているとしたら、
今後も会う可能性が高いし、万が一
私に何か話したい事があるとしたら、
先生の言うとおりまた接する機会を
狙っているかもしれない。


『準備できたら送って行くから
 一緒に出よう。』

「はい‥先生。」

『‥‥‥うーん‥それ辞めない?』


柱にもたれながら、腕組みをして
綺麗な顔を歪める先生に、不思議に
思い洗い物をしながら視線を向けた。


改めて見ても、部屋着でもこんなに
カッコいい人いる?って思う。


Tシャツに肌触りのいいリネンのパンツ
を着こなす姿は最早雑誌のモデルのようだ。


「なんのことですか?先生。」


『だから、それ。先生って呼び方は
 辞めない?』


「はぁ?辞めない?って‥
 私にとって先生は先生ですし‥‥。」


『俺の名前知ってるでしょ?
 家でまで先生って言われると、
 仕事してるみたいで落ち着かない
 から名前で呼んで欲しい。』


えっ!!?な、な、名前!?


恋人でもあるまいし、一時的にお世話に
なってるだけで呼び方まで変えるの!?


「無理です。」


こちらに一歩いっぽ近づく気配に
ツバをゴクリと飲み込みながらも
最後のお皿をすすぐと、パパっと
手を拭きそこから逃げようと試みる。


『こら‥‥何処行くの?
 まだ話は終わってないでしょ?』
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