それでも、あなたを愛してる。【終】
「─分かった。守人の件は、頭に置いておこう。それより、依月の件だ。調律者に伝えろ」
「はあ、別に構いませんけど……今、こちら側にはいないんですよ」
「いないのか?でも、連絡を取る方法位は確保しているだろう。元、創世神の勘からして、依月の件は、時間の問題だと思うんだが?」
珍しいユエの対応に驚く時間もなく、話が進んでいく。
「まあ、その通りですが。……やはり、父上が出てくると、出来ないとは言えずに困りますね」
「出来るだろ?」
「ええ、まあ……正直、人間であるあなたがたとは接触する機会が無さすぎて困っていたほどなので、ある意味、良い機会だと思いましょう。話を進める前に、一部の人間が葬った情報をお伝えします。まず、依月の件ですが─……」
─その後、ルナたちは端的に語った。
依月が、かつて冬の分家だった氷室家の令嬢であること。
氷室家は過去、他家からの襲撃により滅んでおり、その際、依月の父親は死に際の全力を尽くして、依月の強すぎる能力を封印したこと。
封じられていなければ、今も裏では残っていた風習の、『生贄伝統』に選ばれ、生涯の自由を失っていた可能性があること。
その封印は、力の強い契のそばにいるだけで固く守られており、今現在、封印の綻びが生じたことによる副作用で、依月は苦しんでいることなどを、彼らは語った。
「……俺の元に戻れば、依月は落ち着くのか」
「それは分かりません。ある意味、賭けです。ずっと泣いています。ずっとずっと、頭が追い付かなくて。そりゃあ、生まれてから今まで……約20年分溜め込んだ気持ちの解放です。特に、あの子は育った家ではかなり酷い目に遭わされていました。泣かない、笑わない、喜ばない、痛みも感じないなど、感情があまりにも無かった理由は、封印による作用で、本人には分からないんです。どういう感情が正解なのか。でも、世界は巡る。変わらず、時は進み続ける。依月がこちらを去って、約3年─……もう、限界です。5年もこちらにいれば、二度と人間としては生きていけなくなる。それでも、外に出すのは彼女の心が壊れてしまうかもしれない。だから、調律者はギリギリまで待った」
確かに、依月は感情を失っていた。
それは出会った時からで、ニコニコ笑う従姉妹と比べられては嘲笑われ、浮いた存在だった。
実際、契が惹かれた時、周囲は従姉妹を勧めてきたほどだ。勿論、宗家たる契が望んだことに口を挟む分家以下は不敬にあたるため、両親が何か手を回していたみたいだが……契の、多分、生まれて初めてのお願いを聞いてくれた両親は、契の気持ちを最優先に、依月を守ってくれた。
契が依月を好きだと思う気持ちよりも大きな愛で、契と依月を包み込んでくれて、おかげで、平和で穏やかで幸せな長い時を、彼女と過ごせた。
その幸せな日々の中で見ていた彼女は、確かに微笑んでいる時期もあった。
契と過ごしている時とか、安心しきった顔をした彼女を見る度、言葉にできない優越感。
上手く言葉を選べなくて、何が悪い。
上手く感情を出せないことは、そんなに悪か。
どちらとも苦手でも、依月は依月らしく、契に向き合い、契を愛してくれていた。
彼女は契にとっては唯一無二であり、そんな彼女を失ったあの日の喪失感は、今も忘れない。