君の隣が、いちばん遠い
翌日。
紗英ちゃんの家のキッチンは、すでに甘い香りで満たされていた。
わたしはレシピ本を片手に、チョコレートを刻んでいた。
「……こんなに細かくするんだ」
「溶けやすくなるんだって。ほら、こっちもやってみて」
ふたり並んでチョコを刻む。
刻んだチョコを湯煎でゆっくり溶かすと、ふわりとしたカカオの香りがキッチンに広がって、なんだか胸の奥まで甘くなっていく気がした。
チョコが溶けていく様子を見ながら、紗英ちゃんがふっと声を潜めた。
「……実はさ、私も作ってるんだ。ただの友チョコだけどね」
「紗英ちゃんはあげる人が多いから大変だよね」
紗英ちゃんはふっと笑って、茶目っ気たっぷりに答えた。
「私、人気者だからさ~大変だよ~」
そう言った紗英ちゃんは、少し複雑な表情をしていた。
もしかしたら、紗英ちゃんはわたしには言いにくいことがあるのだろうか。
だって、紗英ちゃんが作っているのは、ラッピングも凝っていて、どう見ても"義理チョコ"とは言い難いから。
「……喜んでくれるといいね」
「そうだね。まあ、喜ばなかったら、ぶっ飛ばしてやろうかな」
紗英ちゃんの瞳が不安そうに揺れた。
夕方までかけて作ったチョコを、それぞれ丁寧に包んでリボンをかけた。