君の隣が、いちばん遠い
「ちょっとだけ。いいから」
わたしは頷いて、ノートに視線を戻したけれど、内心はドキドキしていた。
リビングの隣の部屋で、静かに話す声が聞こえる。
……だけど、その声は次第に少しずつはっきりとしてきて、やがて、わたしの耳にも届いた。
「遥……やりたいこと、ちゃんとやっていいから」
その声は、少し震えていたけれど、確かにそう言った。
わたしは、ノートの上で、ペンを握りしめた。
こみあげてくるものを押さえながら、遥くんの顔を思い浮かべた。
……よかったね。
ほんとうに、よかった。
その日、彼がわたしの前に戻ってきたとき、わたしは何も聞かずにただ微笑んだ。
彼もまた、わたしの笑みにそっと微笑み返してくれた。
言葉にしなくても、気持ちはちゃんと、届いていた。
――わたしたち、少しずつ前に進んでるんだ。
そう思えた夏の日だった。