君の隣が、いちばん遠い
翌日。バイト先の文具店。
沙月さんが、レジの棚を整理しながらふと振り返った。
「ひよりちゃん、今日ちょっと顔ちがうね」
「……え?」
「なんか、ほぐれてるっていうか。“わたし、がんばった”って顔」
「……がんばった、かな。ちょっとだけ」
沙月さんはにこっと笑った。
「うん。それ、大事」
いつものレジ横に、柚子茶の湯気が立ち上っている。
今日の自分を、少しだけ肯定できた気がした。
──“誰にも見せなかった私”が、
ほんの少しずつ、誰かに届いていく。
そんな予感が、胸の奥に、やさしく残っていた。