君の隣が、いちばん遠い
彼は隣の席まで来て、特に断りもせず、椅子に腰を下ろした。
教室には、わたしたちふたりの呼吸音と、風の音しかしない。
それなのに、わたしは不思議と落ち着いていた。
「今日、暑かったね」
ぽつりとつぶやいた声に、一ノ瀬くんが笑う。
「うん。でも、風はちょっと気持ちよかった」
会話が、自然に続いていく。
わたしは、自分が“話したい”と思っていることに気づいていた。
カフェの前まだでふたりの足が向いていたのは、偶然──ではなかった。
お互い、行き先を合わせたわけでもない。
けれど、なんとなく、同じようにそこに向かっていた。
「入る?」
「……うん」
そのやりとりだけで、今日の寄り道が決まる。
いつもの席。窓際。
店内には静かな音楽と、ミルクの香りが漂っていた。
冷たいドリンクをストローでかき混ぜながら、わたしは視線を伏せたまま言った。