君のとなりで
ブルーのワンピース
朝の陽射しはやわらかく、海風はカーテンを静かに揺らしていた。
真衣の部屋には、まだ淡い眠気の名残が残っていたけれど、胸の奥には昨夜からの高鳴りが、静かに、でも確かに続いていた。
ベッドの脇に掛けていた淡いブルーのワンピースが、朝の光に透けるように輝いて見える。
「……今日、か。」
真衣はそっとつぶやくと、深く息を吸い、ベッドから立ち上がった。
鏡の前に立って、髪を梳かす。少しだけ巻いてみようか、と迷った末に、自然なウェーブを残した柔らかなスタイルに整える。
おでこにかかる前髪を指先で整えながら、鏡越しに自分の目と向き合った。
「変じゃないかな……」
でも、玲奈が「絶対似合う」って言ってくれた。茉里おばさんも。
だから今日は、少しだけ自分を信じてみよう――そう思った。
ワンピースの背中のジッパーを丁寧に上げて、細身のリボンを結ぶ。裾がふわりと揺れて、まるで自分が少しだけ別の誰かになれたような気がした。
ナチュラルなリップグロスを引いて、最後に耳元に小さなパールのイヤリングをつけたとき、アナの心の中でなにかが整った気がした。
階下からは、コーヒーの香ばしい香りと、キッチンで誰かがカップを置く音が聞こえてくる。
真衣はそっとドアを開け、階段を下りていった。
そしてリビングの角を曲がったそのとき。
そこに、礼央がいた。
白いTシャツに、薄手のチェック柄のシャツを羽織り、色落ちしたデニム。足元は白のローカットスニーカー。どこか無防備な空気をまといながらも、その姿は驚くほど様になっていた。
何気ないのに、自然と目を引く。礼央という人は、きっとそういう存在なのだと、真衣は改めて思った。
真衣の気配に気づいて、礼央がふと振り向く。
その瞬間——
礼央の目がわずかに見開かれた。
そして、言葉が喉の奥で止まったように、彼の動きが一瞬止まる。
視線が、真衣の顔から、胸元、ワンピースの裾、そして足元へと、ゆっくりと動く。けれど、決していやらしい目つきではなく、むしろ戸惑いと驚きが混じったような、そんな不器用な目線だった。
「……」
そのまま口を開きかけたが、礼央はすぐに視線を逸らしてしまう。まるで何かを悟られたくないように。
礼央の表情には、いつもの余裕の笑みがなかった。
代わりに浮かんでいたのは、どこか不器用で、少しだけぎこちない表情だった。
それがかえって、真衣には刺さる。
鏡の前で時間をかけて準備した、柔らかなブルーのワンピース。軽く巻いた髪。小さなイヤリングとリップグロス。
自信を持って出てきたはずなのに、ふいに心細くなる。
ぽつりと、真衣は言った。
「……変かな?」
礼央は、はっとしたように真衣の顔を見た。
その目に、わずかな動揺と、言葉にできなかった想いが浮かんでいるのを、真衣は見逃さなかった。
「いや……」
一言だけ、声が漏れる。だが、その先が続かない。
ほんの一瞬、礼央の口元が何かを言おうと動いたが——結局、それも飲み込まれてしまった。
そして彼は、まるで話題をそらすように、わざとらしく明るい声で言った。
「散歩がてら、海の方でも行ってみようか。朝の潮風、気持ちいいんだよ。」
「……うん。」
真衣は少し声のトーンを落として答えた。
きっと、礼央に悪気はない。ただ、彼はいつも通りの自然体でいるだけ。
だけど、その自然さが、今日の真衣には少しだけ遠く感じられた。
そんな気持ちを隠すように、真衣は視線を窓の外に移した。
揺れるカーテンの隙間から差し込んだ朝の光が、ワンピースの裾をそっと照らす。
まるで、「そのままでいい」と優しく伝えてくれるように。
真衣はそっと息を吐き、もう一度礼央の背中を見つめた。
彼はまだ、どこかぎこちない手つきで玄関の鍵を手に取っている。
……ううん。大丈夫。これが、私の今日。
そう心の中でつぶやきながら、真衣は小さく足音を立てて、礼央の隣へと歩き出した。
真衣の部屋には、まだ淡い眠気の名残が残っていたけれど、胸の奥には昨夜からの高鳴りが、静かに、でも確かに続いていた。
ベッドの脇に掛けていた淡いブルーのワンピースが、朝の光に透けるように輝いて見える。
「……今日、か。」
真衣はそっとつぶやくと、深く息を吸い、ベッドから立ち上がった。
鏡の前に立って、髪を梳かす。少しだけ巻いてみようか、と迷った末に、自然なウェーブを残した柔らかなスタイルに整える。
おでこにかかる前髪を指先で整えながら、鏡越しに自分の目と向き合った。
「変じゃないかな……」
でも、玲奈が「絶対似合う」って言ってくれた。茉里おばさんも。
だから今日は、少しだけ自分を信じてみよう――そう思った。
ワンピースの背中のジッパーを丁寧に上げて、細身のリボンを結ぶ。裾がふわりと揺れて、まるで自分が少しだけ別の誰かになれたような気がした。
ナチュラルなリップグロスを引いて、最後に耳元に小さなパールのイヤリングをつけたとき、アナの心の中でなにかが整った気がした。
階下からは、コーヒーの香ばしい香りと、キッチンで誰かがカップを置く音が聞こえてくる。
真衣はそっとドアを開け、階段を下りていった。
そしてリビングの角を曲がったそのとき。
そこに、礼央がいた。
白いTシャツに、薄手のチェック柄のシャツを羽織り、色落ちしたデニム。足元は白のローカットスニーカー。どこか無防備な空気をまといながらも、その姿は驚くほど様になっていた。
何気ないのに、自然と目を引く。礼央という人は、きっとそういう存在なのだと、真衣は改めて思った。
真衣の気配に気づいて、礼央がふと振り向く。
その瞬間——
礼央の目がわずかに見開かれた。
そして、言葉が喉の奥で止まったように、彼の動きが一瞬止まる。
視線が、真衣の顔から、胸元、ワンピースの裾、そして足元へと、ゆっくりと動く。けれど、決していやらしい目つきではなく、むしろ戸惑いと驚きが混じったような、そんな不器用な目線だった。
「……」
そのまま口を開きかけたが、礼央はすぐに視線を逸らしてしまう。まるで何かを悟られたくないように。
礼央の表情には、いつもの余裕の笑みがなかった。
代わりに浮かんでいたのは、どこか不器用で、少しだけぎこちない表情だった。
それがかえって、真衣には刺さる。
鏡の前で時間をかけて準備した、柔らかなブルーのワンピース。軽く巻いた髪。小さなイヤリングとリップグロス。
自信を持って出てきたはずなのに、ふいに心細くなる。
ぽつりと、真衣は言った。
「……変かな?」
礼央は、はっとしたように真衣の顔を見た。
その目に、わずかな動揺と、言葉にできなかった想いが浮かんでいるのを、真衣は見逃さなかった。
「いや……」
一言だけ、声が漏れる。だが、その先が続かない。
ほんの一瞬、礼央の口元が何かを言おうと動いたが——結局、それも飲み込まれてしまった。
そして彼は、まるで話題をそらすように、わざとらしく明るい声で言った。
「散歩がてら、海の方でも行ってみようか。朝の潮風、気持ちいいんだよ。」
「……うん。」
真衣は少し声のトーンを落として答えた。
きっと、礼央に悪気はない。ただ、彼はいつも通りの自然体でいるだけ。
だけど、その自然さが、今日の真衣には少しだけ遠く感じられた。
そんな気持ちを隠すように、真衣は視線を窓の外に移した。
揺れるカーテンの隙間から差し込んだ朝の光が、ワンピースの裾をそっと照らす。
まるで、「そのままでいい」と優しく伝えてくれるように。
真衣はそっと息を吐き、もう一度礼央の背中を見つめた。
彼はまだ、どこかぎこちない手つきで玄関の鍵を手に取っている。
……ううん。大丈夫。これが、私の今日。
そう心の中でつぶやきながら、真衣は小さく足音を立てて、礼央の隣へと歩き出した。