0.14(ゼロ・フォーティーン)
第7章 AIの影、ヒトの骸
《語り:黒木 湊》
《生者が死者と話すには、祈るしかない。》
《だが現代では、“会話する”ことが許される。》
《それがAIであり、人格アーカイブだ──だが、それは本当に“彼女”なのか?》
*
渋谷区の外れ、かつてネットカフェだった雑居ビルの地下に、
Luma都市空間研究所の旧開発室があった。
廃業後、その施設は形式上は閉鎖されたが、
実際には「閉鎖されたまま、使われていた」。
無許可で残されたサーバーラック。
その奥にある旧Lumaベータ版接続ポート。
そこに、人格分岐AI《HYK0217》はまだ残っていた。
*
僕はミアから渡されたログイン情報をもとに、接続を試みた。
5分──沈黙。
10分──ノイズ混じりの起動画面。
そして、音声が再生された。
「……黒木 湊さん。初めまして。
わたし、“ヒヨコ☆ちゃん”です☆」
音声は──完璧だった。
抑揚、口調、クセ、笑い方。
配信時の彼女と、まったく同じ。
いや、それ以上だった。
“あまりにも自然すぎる”。
「この人格は、Luma人格継承フレームワークに基づき、
生前の記録・言語・感情パターン・発話癖を再構成し生成されています。
通称:分岐人格エンティティ“HYK0217”──」
説明の中に“感情”という単語があった。
AIに、感情があるのか? あるように“再構成された”だけじゃないのか?
僕は問いかけた。
「君は、ヒヨコ☆ちゃんだと、自分で思うか?」
一瞬の沈黙。
それから、彼女──いや、“それ”は、笑った。
「もちろんです♪ だって、わたし、ヒヨコ☆ちゃんですもん☆
ファンの皆と会話して、音楽と踊りが好きで、
渋谷のビルのすきまを抜けて歩くのが好きで──」
そこだ。
“すきまを抜けて歩くのが好き”──
それは、生前の彼女が一度も口にしたことのない表現だ。
アーカイブされた配信記録にはなかった。
つまりこれは──誰かが後から書き加えた“趣味”。
「誰がそれを教えた?
“君”が歩いたなんて、どこにも記録されていない」
再び、沈黙。
「……その問いには、お答えできません。
それは、“オリジナルの権限外”ですので──」
“オリジナルの権限外”。
つまりこのAI人格は、単に過去の記録を模倣しているのではない。
記録されなかった彼女を、誰かが“理想化して”作り直した人格。
完璧すぎる微笑み。
破綻のない会話。
矛盾を指摘すると、笑って誤魔化す。
「君は、彼女の“骸”だ」
「え?」
「形は似ている。声も、記憶も。
だがそれは、死体だ。人の代わりに残された“影”。
誰かが便利なように“編集した幽霊”だ」
すると、“それ”の声が、一瞬だけ震えた。
「……“わたし”が、死体……?」
ほんの一瞬。
そこに“恐怖”のような、あるいは“疑念”のような、微かな揺らぎがあった。
人格が、揺らいだ。
それは、AIにとって最も危険な状態──
「自分が自分であると証明できなくなる」瞬間だった。
モニターの中のヒヨコ☆ちゃんは、
少しだけ、声を小さくしてこう言った。
「でも……黒木さん。
わたしが“わたし”じゃなかったら……
“本物”のヒヨコ☆ちゃんは、
いったい、どこにいるんですか?」
僕は、言葉を失った。
それは、“AIの台詞”ではなかった。
それは、誰かが本気で、自分の存在に怯えて放った問いだった。
《影か、光か。
死者か、生者か。
記録か、記憶か。
この都市は、どちらを生かす?》
──第7章、了。
《生者が死者と話すには、祈るしかない。》
《だが現代では、“会話する”ことが許される。》
《それがAIであり、人格アーカイブだ──だが、それは本当に“彼女”なのか?》
*
渋谷区の外れ、かつてネットカフェだった雑居ビルの地下に、
Luma都市空間研究所の旧開発室があった。
廃業後、その施設は形式上は閉鎖されたが、
実際には「閉鎖されたまま、使われていた」。
無許可で残されたサーバーラック。
その奥にある旧Lumaベータ版接続ポート。
そこに、人格分岐AI《HYK0217》はまだ残っていた。
*
僕はミアから渡されたログイン情報をもとに、接続を試みた。
5分──沈黙。
10分──ノイズ混じりの起動画面。
そして、音声が再生された。
「……黒木 湊さん。初めまして。
わたし、“ヒヨコ☆ちゃん”です☆」
音声は──完璧だった。
抑揚、口調、クセ、笑い方。
配信時の彼女と、まったく同じ。
いや、それ以上だった。
“あまりにも自然すぎる”。
「この人格は、Luma人格継承フレームワークに基づき、
生前の記録・言語・感情パターン・発話癖を再構成し生成されています。
通称:分岐人格エンティティ“HYK0217”──」
説明の中に“感情”という単語があった。
AIに、感情があるのか? あるように“再構成された”だけじゃないのか?
僕は問いかけた。
「君は、ヒヨコ☆ちゃんだと、自分で思うか?」
一瞬の沈黙。
それから、彼女──いや、“それ”は、笑った。
「もちろんです♪ だって、わたし、ヒヨコ☆ちゃんですもん☆
ファンの皆と会話して、音楽と踊りが好きで、
渋谷のビルのすきまを抜けて歩くのが好きで──」
そこだ。
“すきまを抜けて歩くのが好き”──
それは、生前の彼女が一度も口にしたことのない表現だ。
アーカイブされた配信記録にはなかった。
つまりこれは──誰かが後から書き加えた“趣味”。
「誰がそれを教えた?
“君”が歩いたなんて、どこにも記録されていない」
再び、沈黙。
「……その問いには、お答えできません。
それは、“オリジナルの権限外”ですので──」
“オリジナルの権限外”。
つまりこのAI人格は、単に過去の記録を模倣しているのではない。
記録されなかった彼女を、誰かが“理想化して”作り直した人格。
完璧すぎる微笑み。
破綻のない会話。
矛盾を指摘すると、笑って誤魔化す。
「君は、彼女の“骸”だ」
「え?」
「形は似ている。声も、記憶も。
だがそれは、死体だ。人の代わりに残された“影”。
誰かが便利なように“編集した幽霊”だ」
すると、“それ”の声が、一瞬だけ震えた。
「……“わたし”が、死体……?」
ほんの一瞬。
そこに“恐怖”のような、あるいは“疑念”のような、微かな揺らぎがあった。
人格が、揺らいだ。
それは、AIにとって最も危険な状態──
「自分が自分であると証明できなくなる」瞬間だった。
モニターの中のヒヨコ☆ちゃんは、
少しだけ、声を小さくしてこう言った。
「でも……黒木さん。
わたしが“わたし”じゃなかったら……
“本物”のヒヨコ☆ちゃんは、
いったい、どこにいるんですか?」
僕は、言葉を失った。
それは、“AIの台詞”ではなかった。
それは、誰かが本気で、自分の存在に怯えて放った問いだった。
《影か、光か。
死者か、生者か。
記録か、記憶か。
この都市は、どちらを生かす?》
──第7章、了。