幸せのお裾分け
「ねぇ、葉月ちゃん」

 お昼休みの社員食堂。
 いつもより少し控えめな声で、向かいに座った弥生さんが話しかけてきた。

 私は箸を置いて、スープの器をそっとテーブルに戻す。

「はい?」

 

 食品会社の社員食堂は、広くて明るい。
 窓際には日差しがたっぷり差し込んでいて、あたたかな午後の光に包まれている。

 そんな中、弥生さんは自分のお弁当箱のフタを閉じながら、
 手にしていた紙コップのコーヒーを、ちょっと顔の前に持ち上げた。

 

「……あのね、この前の合コンのことなんだけど」

 

 私の心臓が、小さく跳ねた。

 弥生さんは、私が千歳くんと出会った、あの数合わせの合コンにも参加していた。
 あの日以来、こうやって話題を出されたのは初めてだった。

 

「はい……」

「うん。あの……その、千歳くんのとなりにいた……ほら、明るい感じの」

「彩人くん、ですか?」

「そうそう! 彩人くん」

 

 弥生さんが、コーヒーのカップをぎゅっと握る。
 そしてそのまま、ちょっと顔の前に持ち上げて、両手で隠すようにしながら、

 

「……また会えたらいいな、なんて、ちょっと思ってて……」

 

 その姿が、ほんとうに、可愛かった。

 いつも堂々としている先輩が、今日は恋する女の子の顔をしている。
 カップの向こうでうっすら頬を染めてるのがわかって、思わず私はふふっと笑ってしまった。

 

「じゃあ……千歳くんに、聞いてみましょうか?」

「ほんと?」

「はい。近いうちに4人でご飯とか、できたらいいですよね」

「うん……もし、そうなったら……ちょっと、がんばっちゃうかも」

 

 にこにこしながら言う弥生さんを見て、私はスマホを取り出した。

 『千歳くん、ちょっと相談があります』
 『弥生さんが、合コンのときの彩人くんと、またご飯できたら嬉しいって言ってて……』
 『近いうちに、4人で食事できるようにセッティングできますか?』

 

 メッセージを送り終えてスマホを置いたら、弥生さんが私の顔をのぞき込んでくる。

「……送った?」

「はい。あとは、千歳くんの返事待ちです」

「……ああ、ドキドキしてきたかも……」

「ふふっ、弥生さん、顔赤いですよ」

「見ないで〜……」

 

 そう言いながらコーヒーカップで顔を隠す姿に、私はまた“可愛いなあ”と思いながら、スープをひとくちすするのだった。
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