暇な治療院

　それまではね、老健とか他の治療院で働いてたの。
いきなり開業しようにも金が掛かるからさあ。
　だって部屋を借りるだけで相当な金が飛んでいくんだよ。
しかも住宅用で借りるわけじゃないんだ。　店舗だからさあ。
　それだけでも800万くらいは用意しておかないと不安でやってられない。
開業したからってすぐに何十人も来てくれるわけじゃないからね。
ましてや古くからやっている治療院が有るとなかなか患者さんは回ってこない。
　知り合いか一緒に働いた仲でもなければ分けてももらえない。
広告を出そうったって投げ込みも一人じゃあ大変だ。
　そんなこんなも手伝っていろんな所で働いてきたわけだ。
30年近くやってたら何とか名前は知ってもらえるかな？と思ってさ。

　開業初日、来てくれたのは母さんだけだった。　まあいいや。
白衣を脱いでトレーナーに着替えましょう。　電話も留守電をセット。
　夜の仕事も考えたんだけど来る人は居なさそうだからやらないことにしたんだ。
夜は出張でって話が多くなるからね。　わざわざここまで来たくないだろう。
仕事を終わって家に帰って「それじゃあ、、、」って人も多いから。

　以前、出張でやってた時、真夜中に依頼の電話が来たことが有るんだ。
若い女の子だったね。　しかも午前1時過ぎ。
　「どんな仕事をしてるの？」って聞いたらピンクだって言ってた。
確かにねえ、あの仕事だと午前1時過ぎになるよなあ。
　「行けるか？」って親分に聞かれたから「行きます。」って言ってやらせてもらった。
もちろんお金はちゃんと貰ったよ。
　なになに？　「ピンクだったら気持ち良かったんじゃないのか？」って？
とんでもない。　マッサージの仕事をしてるんだ。　それは相手にもちゃんと理解してもらってるよ。
それはそれ。　これはこれだよ。
分けておかないと後で分かんなくなるからね。
そうやって身を滅ぼす人が多いから困るよ。

　中にはさあ「マッサージなんだから全部揉んでくれ。」って言ってくる変なおじさんも居る。
「うちは風俗じゃないから。」ってはっきり言うと「じゃあ他のやつを呼ぶわ。」ってムッとした顔で言ってくる。
「お好きにどうぞ。」って返してやる。　無免許にはそんなのが多いからね。
　やつらは無免許だっていうのを一応は理解して後ろめたく思っている。
だから正規のマッサージ師がやらないことをやっている。
おかげでこちらもたまに誤解されていることが有るんだ。
ああ迷惑。