暇な治療院
 母さんが帰ると治療室はまたまた静かになります。
あんまり静かにしてるのもどうかと思うからラジオでも聞きましょうか。
 と言っても今までラジオは聞いてなかったからなあ。
何処がどのチャンネルなのやら、、、?
 適当に捕まえた番組を聞いております。
治療院の前は表通りから3本ほど入った路地になっておりまして静かなもんです。
 居間のほうには本やらcdやらを置いておりますが仕事中に読んだり聞いたりするわけにはいかず、、、。
取り敢えず5時までは白衣を着て治療室に居ることにしましょうか。
 鍼灸師の免許を取ったのは35年前。 あの頃は検定試験だった。
ある程度正解すれば免許は貰えたんだよね。
 今みたいなマークシート方式じゃないから簡単だった。
今はねえ、知識だけを重視するから技術屋が育たない。
 あの頃は本当に技術にうるさかった。
師匠も簡単には褒めてくれない先生だったよ。 厳しかった。
 鍼を刺してみても「刺し方が悪い。」 「角度がまずい。」 「乱暴に刺すな!」
いろんなことを言われたなあ。 冷や汗の連続だったよ。
 でもさあ、それくらい厳しく仕込まないと本物にはなれない。 そう思うなあ。
どんな仕事でも同じだと思うけど。
 そして言われたのは「体の状態は患者さんに教えてもらうんだ。」ってことだった。
確かにそれが基本かもしれない。
でもぼくはそれに甘えたくなくて教えてもらう前に情報を掴み取ろうって思った。
 そうなもんだからそれからが大変だったよ。
そんなことをやった人が居ないんだもん。 先輩にさえ居なかった。
 だからさ、毎日毎日患者さんを診ながらどうやったら情報を掴み取れるか真剣勝負をした。
そして30年が経ってやっと出来るようになったんだ。 気付いたらぼくも50を過ぎていた。
 1年や2年ではとてもじゃないけどそこまで辿り着けないよ。
この仕事はやればやるほど奥が深くなるからさ。
 もちろん探求心の無い人たちも居る。 その日その日をやり切れたらいいって思ってる人も居る。
どう思うかは人の自由だ。 一生地面を這い蹲って生きてる人だって居る。
でもさ、どうせやるなら天高く飛び上がりたいよね? ぼくはそう思うよ。
 その中でこの治療院を開設したわけです。 やりたいことをやりたいようにやりたくて。
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