上野発、午前零時

第七話 「上野発、午前零時」

 土曜日の夜。搬入口の照明の下、湿ったアスファルトが鈍く光っていた。

 直樹はいつもより少し遅れて現れた。
 トラックの荷台に乗り込み、束ねられた新聞を運転手に渡している。

 明日香は、ひと仕事終えたタイミングで自販機に向かおうとしたところで、直樹と目が合った。

「缶コーヒー、いる?」

「うん、ホットで」

 自販機の前で二本買い、戻ってくる。
 ふたりは、いつものように荷台の端に腰を下ろした。

 少しの沈黙の後、直樹がぽつりとつぶやく。

「卒業後、どうするか迷ってるんだ」

「舞台、やめるの?」

「それも考えてる。というか……就職しろって、親が」

 明日香は缶を傾けた。

「自分はどうしたいの?」

「やれるなら、演劇を続けたい。でも、自信がない。生活のこともあるし……食べていける保証もないから」

「みんな、最初はそうなんじゃないの」

「そうかもしれないけど、たまに思うんだよね。やってることが誰かに届いてるのかって」

 明日香は、舞台の最後の暗転を思い出す。静かな拍手と、自分の中に残った妙な余韻。

「届いてたと思うよ。少なくとも、私は見て、なんか、残ったから」

 直樹は驚いたように、明日香の顔を見た。

「……ありがとう」

 また少し黙ったあと、明日香が缶を手に立ち上がった。

「明日、日曜で学校ないでしょ」

「うん、ない」

「乗ってく? 君、また悩みそうだし。夜通し走れば、ちょっとは考え進むかもよ。
当然。助手には積み下ろし手伝ってもらうけどね」

 ふっと、直樹の顔に笑みが浮かぶ。

「じゃあ、助手として、同行します」

「決まりね」

 その言葉に、明日香も小さく笑った。
 夜の仕事は続いていたが、その先に続く“もう一つの夜”が、静かに動き出していた。
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