懺悔
真実と正体
夜の森に降りた沈黙。
仮面の天使が一歩踏み出すたびに、地面の枯葉が音を立てる。
彼の背中にある翼は、エリスのそれとは違い、完璧な対の白。
「久しいな、エリス。……元気そうだ」
その声は、懐かしくも冷たい。
「……ラシエル兄さん……どうして、ここに……」
レイヴンの傷を庇いながら、エリスは立ち上がろうとする。
だが、ラシエル・ダイジェスト――かつて彼女の兄だった天使――は静かに手を上げた。
「安心しろ。今は誰もお前に刃を向けはしない。……まだ、な」
「“まだ”って……どういう意味だよ」
レイヴンが唸るように言った。地面に倒れたまま、血で濡れた手を握りしめる。
「彼女を殺しに来たなら、先に俺を殺せ」
「……愚かな人間だな。だが――嫌いではない」
ラシエルは仮面の奥で、わずかに笑った。
「私は、“処刑”を止めに来たわけではない。
むしろ……その意味を伝えるために来た。お前たちに、“懺悔”とは何かを教えに」
エリスの瞳が揺れる。
「兄さん、処刑って……ただ、命を奪うだけじゃないの……?」
「違う。処刑――正確には、“神聖なる懺悔”とは、魂を神の光に焼かせる儀式。
愛、感情、記憶……すべてを“浄化”し、無へと還すことだ」
「……っ!!」
レイヴンの顔が引きつる。
エリスは震えた。手が、背中が、傷が、すべてが警鐘を鳴らす。
「つまり……記憶ごと……存在を消すってことかよ!? そんなの、人殺しどころじゃ……!」
「人間ではない。彼女は“天使”だ。神の意志に背き、愛を選んだ堕天。
だから“記憶”を焼かれ、“存在”は罰として無に帰る。
だが……それだけではない」
ラシエルが、ゆっくりと仮面を外した。
現れたのは、美しくも冷たい顔。
エリスと同じ銀の髪に、血のように赤い瞳――けれど、どこか寂しそうな笑を貼り付けている
「懺悔には、“見せしめ”の意味もある。天使が感情を持つと、どうなるか――
愛が何を壊すかを、天界に、地上に、焼きつけるための処刑だ」
「……そんなの、ただの恐怖支配じゃないか……! 愛が罪なら、この世界の方が間違ってる!」
レイヴンは立ち上がろうとする。血が地面に滴る。
「レイ、ダメ……!」
「いいや、言わせてくれ、エリス……」
声が震えていた。
怒りで。悲しみで。無力さで。
「エリスは俺を助けてくれた。何も求めず、ただ、手を伸ばしてくれた。
そんな彼女が罰を受ける世界なんて――正義でも、神でも、クソ喰らえだ!!」
ラシエルの目が、わずかに見開かれる。
「……ふふ。なるほど、なるほど……」
彼は乾いた笑みを零した。苦しむように、狂ったように、壊れたように、寂しそうに。
「そうだ。お前たちが“選んだ”ことには、意味がある。
だから私は、見届けに来た。――最後まで。処刑の日、お前たちがどこまで抗うのかをな」
「兄さん……!」
「そのときまで、お前は自由だ、エリス。
逃げてもいい。戦ってもいい。……だが、“懺悔”は避けられない」
仮面を再びかぶると、ラシエルは背を向けた。
「人間の少年よ。エリスの愛が、どれほど重いか知れ。
そして、お前がそのすべてを背負えるか、私に証明してみせろ」
彼は静かに翼を広げ、闇の空へと飛び去った。
後に残された夜
「……レイ、ごめん……」
「謝るな。もう二度と言うな」
レイヴンはエリスの手を握りしめる。
「消えるとか、無になるとか……俺は絶対に許さない。
お前を……絶対に、守る。何があっても」
「……私も、レイのために……生きたい」
二人は静かに抱きしめ合った。
木々の隙間から、夜明けの光が差し込んでいた。
――まだ、終わっていない。
懺悔の刻まで、あと五日。
仮面の天使が一歩踏み出すたびに、地面の枯葉が音を立てる。
彼の背中にある翼は、エリスのそれとは違い、完璧な対の白。
「久しいな、エリス。……元気そうだ」
その声は、懐かしくも冷たい。
「……ラシエル兄さん……どうして、ここに……」
レイヴンの傷を庇いながら、エリスは立ち上がろうとする。
だが、ラシエル・ダイジェスト――かつて彼女の兄だった天使――は静かに手を上げた。
「安心しろ。今は誰もお前に刃を向けはしない。……まだ、な」
「“まだ”って……どういう意味だよ」
レイヴンが唸るように言った。地面に倒れたまま、血で濡れた手を握りしめる。
「彼女を殺しに来たなら、先に俺を殺せ」
「……愚かな人間だな。だが――嫌いではない」
ラシエルは仮面の奥で、わずかに笑った。
「私は、“処刑”を止めに来たわけではない。
むしろ……その意味を伝えるために来た。お前たちに、“懺悔”とは何かを教えに」
エリスの瞳が揺れる。
「兄さん、処刑って……ただ、命を奪うだけじゃないの……?」
「違う。処刑――正確には、“神聖なる懺悔”とは、魂を神の光に焼かせる儀式。
愛、感情、記憶……すべてを“浄化”し、無へと還すことだ」
「……っ!!」
レイヴンの顔が引きつる。
エリスは震えた。手が、背中が、傷が、すべてが警鐘を鳴らす。
「つまり……記憶ごと……存在を消すってことかよ!? そんなの、人殺しどころじゃ……!」
「人間ではない。彼女は“天使”だ。神の意志に背き、愛を選んだ堕天。
だから“記憶”を焼かれ、“存在”は罰として無に帰る。
だが……それだけではない」
ラシエルが、ゆっくりと仮面を外した。
現れたのは、美しくも冷たい顔。
エリスと同じ銀の髪に、血のように赤い瞳――けれど、どこか寂しそうな笑を貼り付けている
「懺悔には、“見せしめ”の意味もある。天使が感情を持つと、どうなるか――
愛が何を壊すかを、天界に、地上に、焼きつけるための処刑だ」
「……そんなの、ただの恐怖支配じゃないか……! 愛が罪なら、この世界の方が間違ってる!」
レイヴンは立ち上がろうとする。血が地面に滴る。
「レイ、ダメ……!」
「いいや、言わせてくれ、エリス……」
声が震えていた。
怒りで。悲しみで。無力さで。
「エリスは俺を助けてくれた。何も求めず、ただ、手を伸ばしてくれた。
そんな彼女が罰を受ける世界なんて――正義でも、神でも、クソ喰らえだ!!」
ラシエルの目が、わずかに見開かれる。
「……ふふ。なるほど、なるほど……」
彼は乾いた笑みを零した。苦しむように、狂ったように、壊れたように、寂しそうに。
「そうだ。お前たちが“選んだ”ことには、意味がある。
だから私は、見届けに来た。――最後まで。処刑の日、お前たちがどこまで抗うのかをな」
「兄さん……!」
「そのときまで、お前は自由だ、エリス。
逃げてもいい。戦ってもいい。……だが、“懺悔”は避けられない」
仮面を再びかぶると、ラシエルは背を向けた。
「人間の少年よ。エリスの愛が、どれほど重いか知れ。
そして、お前がそのすべてを背負えるか、私に証明してみせろ」
彼は静かに翼を広げ、闇の空へと飛び去った。
後に残された夜
「……レイ、ごめん……」
「謝るな。もう二度と言うな」
レイヴンはエリスの手を握りしめる。
「消えるとか、無になるとか……俺は絶対に許さない。
お前を……絶対に、守る。何があっても」
「……私も、レイのために……生きたい」
二人は静かに抱きしめ合った。
木々の隙間から、夜明けの光が差し込んでいた。
――まだ、終わっていない。
懺悔の刻まで、あと五日。