懺悔

最期の祈り

王都・ノアリス。
白銀の尖塔と聖堂がそびえる神の街。
だが今、その中心に築かれた火刑台が、すべての輝きを灰に染めていた。

「“天使を裁く”だなんて……嘘だろ、あれが……?」
「でも、あれが“神意”なんだろ……?」
「人間を守るための儀式だって、教会は言ってるけど……」
噂が、ざわめきが、広場を包む。
だがその視線は、恐れと、疑念と、ほんの一欠片の“罪悪感”を含んでいた。
その真ん中で――
処刑台に立たされる少女が、ただ静かに空を見上げていた。
銀の髪。白い翼は、片方しか残っていない。
それでも、彼女の姿は、誰よりも神々しく美しかった。
「……エリス……」
レイヴンは、教会の影に身を潜めながら、唇を噛み締めた。
ラグスが隣で短く呟く。
「……準備はできてる。お前の合図で、一斉にやる」
「……ああ。わかった」

目を閉じる。
息を整える。

――今日が、終わりの日だとしても。
――彼女が、最後の灯になるとしても。
レイヴンは叫ぶことを選んだ。
「やめろおおおおおおおおおおおおッ!!」

広場に響き渡る声。
剣を構える騎士たち。群衆のざわめき。
そのすべてを貫いて、少年の絶叫が空を切り裂いた。
「エリスは罪人なんかじゃねぇ!! 俺たちは……ただ、愛し合っただけだ!!」
「――弓兵、構えッ!」
「撃つな!!」
ラグスが叫び、空へ向けて矢を放つ。
その矢が爆ぜ、光と煙が広がる。
「今だ!!」
一斉に動き出す反教会派の者たち。
民衆の中からも、声が上がり始める。
「愛は罪じゃないだろ!!」
「天使が誰かを愛しちゃいけないなんて……そんなの間違ってる!!」
「処刑なんてやめろ!!」
神官たちの顔がこわばり、司祭が叫ぶ。
「これは神意である! 貴様ら、神への冒涜を犯すか!!」
だがその声に、もう誰も従わなかった。
レイヴンはエリスのもとへ駆け出す。
騎士の刃が迫る。

「くそっ……どけぇえええええッ!!!」
血が飛ぶ。傷が増える。
それでも彼は進む。止まらない。
やがて処刑台へ――

「エリス!!」
「……レイ……」
エリスが涙を浮かべる。
その姿に、レイヴンは泣きながら笑った。
「迎えに来た。もう、お前をひとりにしねぇ」
「……遅いよ、レイ……もう、私は……」
「遅くなんかねぇよ!! たとえ、今からでも……祈れるなら!」
レイヴンは叫ぶ。

「この世界が、正しさの名のもとに“愛”を殺すなら――
俺は、この声でそれを拒絶する!!」
空が震えた。
光が降った。
その中心に、ラシエルが現れた。
あの日と同じ、仮面の天使。
「……来たか。人間よ。最後の“問い”を与えよう」
「問い……?」
「レイ。お前は彼女を救いたいと願うか?」
「当たり前だ!!」
「ならば――彼女の魂を、代償に差し出せ」
「……なに……?」
ラシエルが手をかざすと、空に無数の記憶が浮かんだ。
エリスの笑顔、涙、出会い、優しさ、そして……レイとの時間。
「“懺悔”とは、神が与えた最後の慈悲。
その魂を焼かれることで、人は罪を許される。
だが……代わりに、お前が“彼女の記憶をすべて受け継ぐ”なら」
「エリスは、存在の証を残したまま、死ねる。
無になるのではなく、“誰かの心に、生きる”という形でな」
レイヴンは答えるのに、時間は要らなかった。

「……全部くれ。もしも懺悔をしなければ、永遠にエリスは苦しむんだ。生きたまま苦しむ。痛みも、涙も、優しさも。全て罪になる。
エリスのすべてを――俺が生きてる限り、絶対に忘れない。だから」
ラシエルは微かに微笑んだ。
「ならば、選ばれよ。記憶を継ぐ者、“証人”として」

光がレイを包んだ。
エリスの体が、静かに崩れる。

だがその瞬間――
レイの胸に、エリスの声が届いた。
「ありがとう……レイ。私は、君を……愛してる」

――光は、祈りに変わった。
そしてそれは、広場の誰もが見た。
“処刑”ではなく、“祈り”によって少女が昇った瞬間を。

彼女は、誰にも届かなかった神の空へ――
けれど、その魂は、彼の胸の中で生き続けた。
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