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○Corven、社内旅行編

「最近の社内は──空気が薄い」

葉山律のひと言に、会議室の空気が一変した。

「リモートワークの弊害だ。全員、対面のコミュニケーションが減っている。これでは、Corvenの未来はない」

居並ぶ社員たちが戸惑いを浮かべる中、彼は真剣な面持ちで続けた。

「社内旅行を実施する。全社員、出席必須。本社メンバーは、来月初週の金曜に熱海へ集合だ。──以上」

会議室には、しばし静寂が降りた。驚きと困惑。だが社長の言葉に逆らえる者など、誰ひとりいない。

社員たちが口々にざわつく中、水野大輔は静かにガッツポーズを決めていた。

人妻であることをわきまえつつも、陽菜と過ごせる数少ないチャンスに、心は早くも浮き立っていた。

可憐で、真面目で、ひたむきで──ときどきふと見せる寂しげな笑顔に、何度胸を撃ち抜かれたか分からない。

(旅館の湯上がり姿……きっと綺麗だろうな)

そんな密かな願いは、旅行当日の朝、あっさりと砕かれた。

「陽菜。お風呂上がりは、すぐに部屋に戻ること。社長命令だ」

淡々とした声音でそう告げたのは、他でもない葉山律だった。

「えっ、なんで? せっかくみんなで来たのに……」

不満げに口を尖らせる陽菜に、律は「防犯上の配慮だ」と付け加えたが、水野にはお見通しだった。

──あからさまな私的独占である。

さらには、新幹線の移動中に聞かされた「夫婦別室」システム。隣室とはいえ、行き来には鍵が必要で、自由な出入りは不可とのこと。

(どんだけガード固いんだよ、社長……)

目的地の熱海には、初夏の風が吹き抜けていた。旅館「海暦」は海沿いに建つ純和風の名旅館で、客室にはそれぞれ露天風呂が備えられている。

木の香りが漂う広間に足を踏み入れた瞬間、誰もが「非日常」へと連れてこられたことを実感した。

旅のはじまりは、穏やかな空気に包まれていた。

だが、水野は知っていた。 この空間で、葉山律が陽菜をどう扱うのか──それを見届けずにはいられなかった。
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