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○葉山律、クーポンの魔法にかけられて

「……それは、何だ?」

日曜のスーパー。葉山律が、陽菜のスマホ画面を凝視していた。

「クーポンだよ?これ見せると、卵が20円引きになるの」

陽菜が当然のように言うと、律は固まった。

「……そんなことで、値段が変わるのか?」

「う、うん。律は、知らなかった?」

「……俺の家では、正札を信じる教育だった。交渉も値引きも、『品格を落とす』と」

律の脳内で、幼少期のエリザベスやロバートの「正価の美学」がこだまする。 それでも、陽菜が誇らしげに買い物かごを見せる姿に、律は新たな扉を開く。



それからというもの、律はクーポンにハマった。

新聞は切り抜きだらけ。スマホのホーム画面はクーポンアプリで埋まり、出社前には「今日はアボカドが一玉50円引きだ」とつぶやいている。

「Damazonセールで掃除機を買った。5万円も安くなった」

クールなイケメンCEOの面影はどこへやら。 挙句、彼は自身が手がけるアプリVelvetにまで、ポイント制度を導入。

「毎日ログインで1ポイント。貯まると電子マネーに換金できる。ユーザーにとって有益だ」

社員からは心配の声が上がった。

「社長、最近スーパーで『値引きシール貼りたて』のタイミングを狙ってるって噂ですけど……」



「どうしよう……私のせいだ……」

ある夜、陽菜は冷蔵庫の前で膝を抱え込んでいた。

「私が、クーポンなんて見せなければ……律はもっと高貴に、正価で牛乳を買っていたはずなのに……!」

あの完璧だった律が、餃子の30円引きに歓喜し、スーパーのタイムセールに目を光らせる姿を思い出し、胸が痛んだ。

「私が、律を『庶民沼』に引きずり込んじゃった……!」

陽菜の目に、涙がにじむ。



だが律は、まったく意に介していなかった。

「陽菜、旅行に行こう。ポイントが貯まったんだ」

「えっ、旅行!?って、まさかポイントで!?」

律は得意げに頷いた。

向かった先は、ポイントサイトで半額キャンペーン中の老舗温泉旅館。

貸切の露天風呂。湯けむりの向こうで、律がふっと笑った。

「ありがとう、陽菜。君のおかげで、世界が少し広くなった気がする」

「律……」

「俺は、君が教えてくれることが、全部愛おしいんだ」

陽菜は、ぽかんと見つめた後、吹き出して笑った。

「大げさだよ!もうっ……!」

笑い合うふたりの背に、星がまたたいていた。

お坊っちゃまと庶民の化学反応は、まだまだ続く――。
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