イケメンIT社長に求婚されました─結婚後が溺愛本番です!─
熱海の高級旅館、その内湯は木の香と湯気に包まれ、静かな湯音だけが響いていた。男たちの声はなく、ただ時間だけがゆっくりと流れている。

そんな中、暖簾をくぐって現れたのは葉山律だった。

白いタオルを肩にかけ、露天風呂へと向かおうとしたその時──

「お疲れさまです、社長」

視線の先、湯に肩まで浸かっていたのは水野大輔だった。

思わず足が止まる。

律は無意識のうちに、彼の身体を見ていた。

湯からのぞく肩、腹筋、広い胸板。完璧に鍛えられた体は、モデルのようでもあり、戦士のようでもあった。

「……水野、お前……」

「はい?」

「その身体……なんだ」

「ああ、筋トレが趣味でして。言ってませんでしたっけ?」

軽く笑う水野の声に、律は目を細めた。

(そんな話、聞いていない)

思えば、スーツに隠れてわからなかった。だが今、目の前にあるのは──

「陽菜の好みかもしれない」と思える、理想的な肉体だった。

その瞬間、律はスマホを持つ手に微かな震えを覚えながら、濡れた指先でメッセージを打つ。

《陽菜。……筋肉のある男は、タイプか?》

少しして、陽菜から返信が来た。

《はい!かっこいいですよね!》

「……ッ!!」

律の顔が引きつる。

湯の温度とは関係なく、心拍数が上がっていく。

(やばい。水野の筋肉、陽菜が褒めた。俺は最近……)

自分の腹に視線を落とす。微かに脂肪の乗った腹部が、無情にもそこにあった。

「社長、大丈夫ですか?」

「問題ない」

律は即答したが、顔は曇ったままだった。

(くそ……なんだこの敗北感は)

湯船から上がる水野が、さりげなくタオルで身体を拭いている。その姿を見ながら、律は湯に深く沈んだ。

(筋肉か……ジム、通うべきか)

思い悩む律の脳内では、すでに筋トレメニューが編成され始めていた。
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