運び野郎と贋作姫
 私は物心ついた時には、絵筆を握っていたらしい。
 商売上手な父はそこに目をつけた。
 娘婿として画廊を預かっていた父は私を『不世出の画家』の画家としてプロデュースするつもりだったらしい。
 私自身、小さい頃から絵を描くのが好きで、自分で言うのもなんだがうまかった。
 けれど五歳のとき父は評価をくだした。
 『綾華は模写(・・)は上手いな、だがオリジナルは散々だ』
 意味は分からなかったが、以降は本物(・・)を見せられ、そっくりに描くよう命じられた。
 私は窓のない部屋に入れられ、幼稚園や小学校には通うことなく、来る日も来る日も絵を描かせられた。
 日光浴と称して、一日に一時間ほどサンルームで自転車を漕がせてもらえるのが楽しみだった。
 オリジナルを描くことは許されなかったが、上手く模写すればするほど父から褒めてもらえた。
 嬉しかったから、自分の絵を描くことを我慢出来た。
 あの頃は絵を描けるだけでよかった。
 『よし』
 父は出来栄えに満足すると、サインを入れるように指示してきた。
 ……本物には大抵描かれていたから、不思議にも思わなかったけれど。
 あの頃の私は、「サイン」がヒトの名前を示すものであり、ひいては作品を描いたヒトを指すのだとは知らず。
 そんな私にとって「サイン」は、絵の調和を乱す単なるグネグネした線にすぎなかった。
 私は絵のバランスを崩す、この線を描くのが嫌で仕方なかった。
 けれど不思議なことに、このグネグネの線をうまく真似できたときほど、父は満足そうな顔をした。
 
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