君が最愛になるまで
***


その日の仕事終わり。
空き会議室での出来事が嘘のように千隼くんは女性と待ち合わせていた。


たまたま私の仕事終わりの時間と千隼くんがその人と会社の外で待ち合わせている時間が被ってしまったようだ。
私の姿に気づいた千隼くんは何も気にしてないように話しかけてくる。


「もう帰りか?」

「いや、よくこの状況で話しかけられるね」

「別に話しかけるのは自由だろ」

「今から何するの?」

「⋯⋯⋯紬希には関係ないことだ」

「⋯まぁ、そうだね。私には関係ないね」


今日は金曜日だ。
真夏ちゃんの言ったことが事実だったらきっとこれから今日の夜を過ごす人が向かってくるんだろう。


それが分かっていると言うのに、無神経に話しかけてくる千隼くんに腹が立った。
私だけがこんなにも心を乱されているというのに、当の本人は全く気にすることも余裕そうなのもムカつく。


「早乙女さーん」


ヒールの音を響かせてこちらに足早に寄ってくるのは綺麗な女性だった。
髪を柔らかく巻いており、私の横を通り過ぎると甘い香水の香りが鼻腔をくすぐる。


「お待たせしました。遅くなってごめんなさぁい」


鼻にかかるような甘ったるい声を出して擦り寄る女性社員。
胸を押し付けるように私の目の前で甘えながら千隼くんの腕に絡みついた。


そんなことをされているというのに千隼くんの視線は私に向けられたままで、一向にその女性に見向きもしようとしない。
それに不満を覚えたのか、その女性は私にその不満の矛先を向ける。


「噂の幼なじみ?こんなとこまでついてきてなんなの?彼女面ですか?」

「⋯⋯⋯」

「今から私が早乙女さんと過ごすんだから、あなたはどっか行っててよ。邪魔だから」

「そんなこと言われなくてもさっさと去りますよ。お邪魔しました」


ニコリと感情のない笑みを2人に向けて小さくお辞儀をしてその場を離れようとすると咄嗟に千隼くんに腕を掴まれた。
その光景を驚いたように見つめる女性社員。


私自身も止められるなんて思ってもなかったし、目の前に立つ千隼くんが何かを言いたげに眉をひそめていることだって、予想だにしない行動だった。


「な、なに?」

「⋯⋯気をつけて帰れよ」

「う、うん」


わざわざそんなことを言うために私を止めたの?
そう聞きたかったけど、私たちの間を割って入るように女性社員が千隼くんの腕を絡めたため距離が離される。


2人に背を向けてゆっくりと歩き出す。
今から2人は素敵で甘いひとときを過ごすんだ。


そう思うとやっぱり胸がチクンと痛む。
会わなかった間は胸の中にひっそり閉じ込めて、そして前を向こうとしていたのに、再会してしまえばその想いは少しずつ大きくなってしまう。


それはつい出来心だった。
千隼くんたちはもう行ったのかと思い立ち止まりゆっくりと振り返ると、なぜか千隼くんと目が合う。


彼もまた女性を横に連れながらも歩きながら振り返っていた。
一瞬だけ絡み合う視線は私が逸らしたことで途切れる。


(なんで千隼くんも振り返ってるの?)


どんな気持ちで振り返ってくれたのか。
今どんな思いで彼女と夜の闇に沈んでいこうとしているのか。


どれだけ考えても答えなんて出るわけなくて、私は振り返った千隼くんの表情を思い返す。
振り返ってくれた真意など分からないが、一瞬でも千隼くんも私のことを考えてくれたのだろうか。


そんな甘い考えを打ち消すように私の脳裏に浮かんだのは、千隼くんが甘い笑みを浮かべて私の知らない女の人に触れる姿だった。
嫌な思考をかき消すように私は足早に帰路に着く。


その足取りはまるで初恋の呪縛から逃れようとするかのようだった。
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