君が最愛になるまで
テーブルに雑に置かれたスマートフォンで時間を確認すると20時を既に過ぎていた。
さすがにそろそろ帰らなければ沙羅ちゃんが明日に響きそうだ。


「うぅ、やばい⋯沙羅ちゃ、ん起こさない、と⋯」

「ちょ!ちゃんとしてよ、危ないじゃん」


立ち上がった身体がグラりと傾きそうになったところを咄嗟に支えてくれる。
酔っ払っているせいか平衡感覚がおかしくなっていた。


奏と呼ばれたこの男は4歳年下の私の弟だ。
今は大学2年生で私と一緒に暮らしながら近くの大学に通っている。


「姉ちゃんは沙羅さん起こしといて。俺はタクシー呼ぶから」

「う、ん⋯ありがと」


私の身体を支えながら椅子に座らせてくれた奏は自分のスマートフォンを持ってタクシーの手配をしてくれた。
その間に沙羅ちゃんを起こして帰る支度をしてもらう。


「ごめん紬希。寝てた」

「飲みすぎたね、私たち」

「楽しすぎてね。これも昼飲みの醍醐味」


そう言って沙羅ちゃんは楽しそうに笑った。
ふわふわしながらも沙羅ちゃんが楽しそうにいてくれて私も嬉しいし、久しぶりにこんなに笑ってスッキリできたのも沙羅ちゃんのおかげだ。


沙羅ちゃんにも水を渡してしばらく待っていると奏が戻ってくる。
タクシーは10分後くらいには到着予定とのことだ。


「タクシー呼んだから。姉ちゃん下まで送れる?」

「うん、送れる。ありがとね奏」

「奏くんごめんねありがとう」

「いえ、いつも沙羅さんには姉ちゃんがお世話になってるんで。また来てください」

「いい子だ奏くん。今度奏くんの好きなケーキ買ってくるね」

「楽しみにしてます」


沙羅ちゃんを見送るため私たちはふらふらとした足取りで玄関に向かった。
終始酔っぱらいである私たちを心配する奏を見ているとどちらが年上か分からなくなる。


エレベーターを降りると既にタクシーがマンションの前に着いていた。
タクシーに乗り込んだ沙羅ちゃんは窓を開けて私の顔を見つめる。


「紬希。いつでも応援してるからね頑張れ」

「うん。ありがとう沙羅ちゃん」

「いい報告待ってる。またね」

「うん。またゆっくり会おうね」


ヒラヒラと手を振ってタクシーが見えなくなるまでその背中を見つめる。
外の空気を吸ったことで少しだけ酔いが覚めた気がした。


先程までよりハッキリとした足取りで部屋まで戻ると、奏が広がったおつまみはグラスなどを片付けてくれていた。
なんてできる弟なんだろうか。


(将来はスパダリ決定だなこれは)


「奏ありがとう。助かったよ」

「いいよ別に。姉ちゃんが楽しそうで良かったし」

「片付けまでごめん。広げすぎた」

「お腹空いてる?うどん作れるけど食べる?」

「食べる〜。かき玉うどんがいいな〜」

「注文多いな。分かったから、姉ちゃんはじっとしてて」


ツンツンしている時も多いものの、なんだかんだいつも私を心配してくれるのは奏の優しい所だ。
昔はもっと分かりやすく私の背中をくっついていたというのに、今では立場が逆転している。


年頃でお姉ちゃん大好き、とは言ってくれなくなったが奏の優しさは十分に伝わっていた。
テーブルに肘をつきながらキッチンで作業する奏を見つめる。


姉の私が言うのも変かもしれないが奏はどちらかというとかっこいい部類の人間だと思う。
整った顔立ちをしているし何しろこのスパダリ力だ。


絶対大学でもモテているんだろう。
だけど彼女はいないようで姉としては多少心配だ。


「楽しかった?沙羅さんとの昼飲み」

「うん。楽しかった。おかげでこの有様」

「確かに。ひどい有様だった」

「ほんと、申し訳ない」


キッチンからはお出汁の匂いが香ってきて、酔った身体には優しすぎる。
手際よくうどんを作ってくれた奏は2つの丼を持ってダイニングテーブルに戻ってきた。
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