うちのかわいい愛猫が、満月の夜にイケメンに!? 主従関係になるなんて聞いてません!
3 花かずらアパートのオバケ
「幽霊って…! ほんとうに、おばけがっ?」
 大あわてのわたしを、門の上から見下ろしていたレンゲ。
 その背後に、ふわりと何が現れた。
 白い、つかみどころのない、得体のしれない物体。
「――お、おおおおおおおばけだっ! レンゲ……逃げて!」
「おばけ、出たの? よーし、つかまえよう!」
 シロツメが何歩下がり、助走分の距離をとりはじめる。
 おばけのところへ、ジャンプするつもりらしい。
 レンゲがあわてたようすで、叫ぶ。
「待て、シバイヌ! コイツは――」
 瞬間、白い物体が、レンゲの肩にポフンと乗った。
 そして、ぶうぶうと鳴きはじめ、ぴょこんと細長いものが生える。
「あれって……」
 見覚えのあるそれに、わたしはよく目を凝らす。
 レンゲが、自分の肩の白い物体を指さし、ぶっきらぼうに突いた。
「こいつは、アルナブ・キノ――ウサギだ」
 シロツメが「うえっ」と、ジャンプしかけていた足を止め、白い物体を見あげる。
「黒いアイラインを引いたような、目の周りのアイバンド。ドワーフホトという種類のウサギだね」
 シロツメがいうと、ヤクモがわたしを見ながら、説明を引き継いでくれる。
「気が強くて、縄張り意識が強いウサギだな」
「聞き捨てならないね! ボクは、自分の身の安全を守りたいだけだよ」
 ウサギが、レンゲの肩で、じたばたと暴れている。
「ボクは、もうずっとこのアパートで暮らしてるんだ。ここは、ボクのものだよ」
「えーと、まずはあなたの名前を聞かせてくれない?」
 わたしがいうと、ウサギは仕方がなさそうに、答えてくれた。
「アルナブ・キノ。名前は、タンポポだ」
「それじゃあ、さっきの蓮の花のにおいは……タンポポだったってこと?」
「いや……。においの源は、タンポポじゃないみたいだよ」
 シロツメが、首をふる。
 それじゃあ、おばけは別にいる――ってこと?
 キョロキョロとあたりの気配を伺っていると、タンポポがおかしそうに笑いはじめた。
「ボクのこと、おばけっていうのはかまわないけどさ。このアパートの住人たちは、そうは思わないかもねえ」
「どういうこと?」
 からだを揺らして笑っているタンポポを、わずらわしそうにレンゲが摘まみあげる。
 タンポポは、おかまいなしで話を続けた。
「この花かずらアパートはね、キノ・キラン専用の物件なんだよ」
「ええっ」
 今までなんとなく通り過ぎてた花かずらアパートだったけど、住んでいる住人が、みんなキノ・キランだったなんて。
 驚いているわたしをしり目に、ヤクモが一歩前に出た。
「おれたちは、十六夜堂のものだ。このアパート付近から、緊急通報を受けた。誰がしたか、知らないか?」
「ああ、ボクだよ! 今はボクが、このアパートの管理人だからね」
「……それで、通報内容は?」
 仕事モードに入っているヤクモの問いに、タンポポはうんざりといったようすで長い耳をひねらせた。
「今日、まねかれざる住人が来たんだよ」
 いまいましそうに吐きすてる、タンポポ。
「このアパートは、キノ・キランしか入居できないんだろう? つまり『人間』ということか?」
「正解だ。しかも、彼はどうも、家を持っていないみたいなんだよ」
 タンポポが、困ったようにいう。
 すると、タンポポを摘まんだままのレンゲが、あごのラインを手でなでながら、いった。
「家がない、招かれざる客。そして、ここは幽霊アパート。今の説明……まるで、『今は肉体がない人間が、家を求めてここに迷いこんで来た』というように聞こえるな」
「そ……そうなの? タンポポ」
 おそるおそる聞くと、タンポポは長い耳を、ふるりと震わせた。
 レンゲが、タンポポをふたたび肩に乗せる。
 タンポポは息をついて、悟ったようにいった。
「……二階だよ。着いてきて。十六夜堂のおせっかいさんたち」
 タンポポは、レンゲに門の鍵を渡した。
 レンゲの手によって、わたしたちはスムーズに花かずらアパートのなかに入ることができた。
 さっそく、二階へ続くアパートの階段をのぼりながら、わたしはタンポポにたずねた。
「タンポポは、人のすがたにならないの?」
「ボクは、ナズナさまみたいな特別な能力はないからね。アルナブ・キノは、人型になっても身体能力がよくなるだけ。だったら、こっちのすがたのほうが、可愛くていいでしょ?」
「たしかに、ウサギは可愛いよね」
「その通り。きみは、正直者だ。褒めてあげるよ」
 ちょうど、二階の203号室に着いた。
 ここが、例の招かれざる者の部屋らしい。
「鍵はかかってないから、入っちゃっていいよ」
「いいの?」
「契約書を交わしてないからね。正式な住人とはいえないよ」
 それならと、手を伸ばしかけたわたしを、レンゲが制してきた。
「待て。おれが開ける。おまえは、下がっていろ」
 レンゲがドアノブに手をかけ、ぐいっと回した。
 鍵がかかっていないドアが、キイと音を立て、開いた。
「蓮の花のにおいが、一気に濃くなったね」
 シロツメの言葉に、わたしの背筋がぞくりと震えた。
 部屋のなかは、まだ太陽が出てるのに、ぶきみな暗さだ。
「チカナ。平気か?」
「大丈夫だよ。なかに入ってみよう……」
 気遣ってくれるレンゲのあとに着いて、わたしは部屋のなかへとあがった。
 ヤクモとシロツメも、あとから続く。
 ワンルームらしい間取りは、部屋にあがってすぐお風呂とキッチン、トイレが並んでいる。
 いちばん奥が、生活空間のようだったが、家具らしい家具は見当たらない。
 昼間なのに、部屋のなかが暗いのは、どうやらカーテンが閉まりきっているかららしい。
「カーテン、開けようか」
 ヤクモが、東側のカーテンに手をかけたときだった。
「開けるなっ!」
「ひゃああああああっ! 誰ええええッ!」
 悲鳴をあげたわたしを、レンゲが引き寄せ、臨戦態勢を取る。
 ヤクモもシロツメを、とっさに意識を張りつめた。
 とたん、タンポポがケラケラと笑いだす。
「彼が、招かれざるお客さんだよ」
 タンポポは、レンゲの肩から飛び降り、床にちょこんと着地した。
「この部屋に居座っている、幽霊のタルヒさ~ん。あなたを強制退去させてくれる人たちを連れてきましたよ~」
「ええ! ちょっと!」
 タンポポからのヒドいいわれように動揺していると、どこからともなく、さっきの声が聞こえてきた。
「そんなにオレを追い出したいのか」
「当たり前でしょ。こっちも商売なんだからさあ」
「……お前たち、何者だ?」
 部屋の真ん中に、すうっと、声の主のすがたが現れた。
 この人が、タルヒさんらしい。
 幽霊には、全然見えない、足も透けてない、ふつうの人間に見える。
「おれたちは、十六夜堂のものだ。キノ・キランの保護活動をしている」
 ヤクモが名乗ると、タルヒさんは納得がいったように、肩をすくめた。
「なるほどな。オレは、四谷タルヒ。おまえら、獣人の情報をつかむため、花かずらアパートの周辺を調査していた」
「……なぜ、そんなことを?」
 ヤクモは、冷静にそうたずねた。
 すると、タルヒさんはニヤリと笑む。
「キノ・キランのことを探れと、依頼されたんだ。とある組織にな」
 とたん、胸の奥がうるさく、ざわめきだす。
 まさか、その組織って――。
「依頼されたって……なんで、そんなことをしようなんて思ったわけ?」
 わたしが尋ねると、タルヒさんは「ハッハッハ」と乾いた笑い声をあげた。
「オレは、地獄から逃げてきたんだよ。あんなコエーとこには、もう二度と行かねえ」
「……だから、部屋のカーテンをずっと閉めてるってこと?」
「わりーかよ? あいつらは、どこまでもオレを追いかけてくる。地獄を見てない平和ボケしたオメーらには、わかんねえだろうな。組織からの報酬はすごいんだぜ。何でも、願いを叶えてくれるってよ。だから、オレのすることに、誰にも文句はいわせねえ」
 タルヒさんは顔を歪めて、わたしたちをなめるように睨みつけた。
 レンゲがわたしをかばうように、一歩前へ出る。
「じゃあ、おまえはこのアパートへ、キノ・キランの情報を手に入れるために来たということか」
 すると、タルヒさんは「ふふん」と、得意げに肩をゆらした。
「ああ。オレは生前、情報屋だったのさ。組織のやつらは、そこに目を付けたんだろう。オレの情報のおかげで、組織のやつらが次々とキノ・キランを捕まえていくのは、気持ちがよかったぜ」
「……ねえねえ。シバイヌのシバって、何か知ってる?」
「はあ?」
 シロツメの突然の質問に、タルヒさんも、わたしも目を丸くした。
「シバっていうのはね、柴刈りのシバなんだよ。桃太郎のおじいさんが、山へ柴刈りに行ったでしょ。ぼくは、芝生が大すきだから、そっちかと思ってたんだけど、違うらしい」
 タルヒさんは、どうでもよさそうに「は?」と、口をへの字に曲げた。
 それでも、シロツメはかまわず、話を続けだす。
「柴っていうのは、小枝のことなんだって。桃太郎の時代といったら室町時代。スーパーもコンビニもない、自給自足の生活だ。おじいさんは、手に入った枝を売ったりして、お金をかせいでいたんだね」
「テメー、なんなんだよ。何の話だよ、それ」
「あなたは、キノ・キランの情報を売って、どうするつもりなの?」
「組織は、何でも願いを叶えてくれるっていった……オレは、生き返りたいんだ。生き返って、今度こそ、天国に行きたいんだよ」
「だったら、こんなことしてる場合じゃないよね?」
 シロツメは、自分の手のひらをぎゅ、と握りこんだ。
 すると、手のなかから、三十センチほどの小枝が現れた。
 それは、ムチのように、にょろりと伸び、しゅるしゅると、タルヒさんのからだに巻きついていく。
 わたしは、目をみはった。
「え? おばけなのに、触れるんだ?」
「この柴はね、ぼくの摂取したエネルギーで作られている。つまり、実体がないんだ。だから、実体のないおばけも捕まえられるよ。でもこれをやると、すごくお腹空くから、やりたくなかったんだけどな」
「はは。あとで、ジャーキー買ってやるよ。でも、ちゃんと歯みがきしろよ」
 ヤクモが笑っていうと、シロツメがうんざりした顔をする。
 歯みがき、きらいなのかな。
 タルヒさんが、柴に締めつけられながら、大声でわめいている。
「おい! 外せよ、これ!」
 スッと、シロツメが、タルヒさんの耳元で、ささやいた。
「地獄に堕ちるようなことしてる、わるい子だーれだ?」
 タルヒさんの肩が、ゾクリと震えたのがわかる。
 シロツメ、こんな怖い顔できるの?
 なんか、イメージと違う……。
 タルヒさんが、涙目になりながら、泣きわめいてる。
「お前ら! ウキネさまにいいつけてやるからな!」
「ウキネ……?」
 険しい表情でレンゲが、うなる。
「その組織のやつの名前か?」
 タルヒさんは、得意げにうなずいた。
「『霜月の宿』……それが、オレの能力を買ってくれた組織の名前だ」
「その霜月の宿は、どこにある?」
 無表情でヤクモが尋ねると、タルヒさんは不敵に鼻を鳴らした。
「霜月の宿は、ウキネさまの強力な結界に守られていて、誰にも見つからないようになっている。おまえらごときが、見つけ出せるかよ」
 ヤクモは「なるほどね」と、冷ややかにつぶやいた。
「原因である幽霊は確保した。十六夜堂に帰ろう。……タンポポ。わるいが、着いてくれないか?」
「はあ。わかったよ。仕方ないね」
 タンポポのすがたが、ゆらりと揺れる。
 あっというまに、人型に変身していた。
 レンゲやシロツメと比べると、ずいぶん年下の見た目。小学生くらいかな。
 白髪に、アイラインを引いた目元。丸いしっぽも、しっかりと生えている。
 服も、イエローの大きめのチェック柄シャツに、ブラウンのロングパンツ。シルバーのハイカットスニーカーと、いつのまにかキッチリと着ている。
「支度をしてくる。そこの不届きな招かれざる者を逃がさないようにね。十六夜堂の諸君」
「わかってるよーだ」
 シロツメが、柴の鞭をぎゅっと掴んでいう。
「ねえねえ。きみにこの能力を使ったおかげで、今日の晩ごはんは黒毛和牛のステーキだってさ。感謝するよ」
 顔を青ざめさせながら、目をぱちくりさせているタルヒさんに、ヤクモが苦笑する。
「そんなこと、おれがいつ、いったんだよ」
 すると、シロツメは自信満々に声をあげた。
「ごほうびなんだから、当然だよねえ?」
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