眠れぬ夜は、優しすぎる刑事の腕の中で。
事件から一ヶ月──

現場対応の報告書が山積みになる中、詰所には徐々にいつもの喧騒が戻りつつあった。

けれど、岡田の様子だけは少し違っていた。

机に向かう姿勢は落ち着き、目の奥には一段深い静けさが宿っている。

早瀬はそれを、何も言わずに見ていた。

「先輩、ちょっといいっすか」

マグカップ片手に近づいてきた岡田は、いつになく真面目な顔で言った。

「……この前、新田さんにガツンとやられてから、色々考えたんすよ」

言葉を探すように一瞬黙り──

「やっぱ俺、現場の重さを分かったつもりでいたっす。佐原さんの表情見て……本気の覚悟ってこういうもんかって。あの人、背負ってたんすね、最初から」

早瀬は黙って聞いていた。

「俺、先輩みたいに、誰かの覚悟を受け止められる刑事になりたいっす」

まっすぐな目だった。まだ未熟な言葉の中に、本物の決意があった。

「……まあ、それはそれとして。佐原さん、やっぱ可愛いっすけどね」

ほんの少しだけ空気を緩めるように笑った岡田に、早瀬は淡々と返す。

「おまえに見えてるのは一部だけだ。俺は……それ以外も知ってる」

「え、それ……そういう意味っすか?」

「そういう意味だよ」

岡田は一瞬固まり──そして、あっさりと笑った。

「……先輩、すげぇな」

「なにが」

「ちゃんと、人のこと見てる。俺もそうなりたいっす」

「無理に背伸びするな。自分らしく頑張れ。それで十分だ」

「はいっ!」

岡田は力強くうなずいて席に戻った。その背中は、以前よりずっと頼もしかった。

──まっすぐなやつだ。

そのまま、自分の足で歩けばいい。きっといつか、自分の手で誰かを守れるようになる。

ふと岡田が振り返り、少しだけ声を潜めて言った。

「……でも先輩、惚れてる顔してましたよ」

「……うるせぇよ」

早瀬の口元が、わずかに緩んだ。

夕方の光が、詰所の空気をやわらかく包んでいた。
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