「鬼縛る花嫁」番外編・1「幸せ夫婦の夜のお悩み」

要の悩み

 壮絶な統率院(とうそついん)炎上事件。
 対妖魔軍と陸軍によって、調査が引き続き行われている。

 隣国で、私利的に帝国を使用した裏切りにあった九鬼兜要(くきつ・かなめ)少佐であったが見事に返り討ちを果たし、帰国後には首謀者の金剛勝時(こんごう・かちどき)も討ち取った。

 この件で、九鬼兜少佐の功績は多いに称えられ、腐った鬼人利権は厳しい審査を受けることになる。

 しかし九鬼兜少佐は、かなりの重症を負い自宅療養を続けている……予後は不良らしい。

 というのは、要が鎖子(さこ)のためについた嘘であり今は完全に回復していた。

 要にとって、留学以来の長期休みである。
 今日も部屋のソファで、新婚夫婦が抱き合い愛を囁いている。
 
「鎖子……今日も可愛い」

「要様も今日もとってもお素敵です」

「好きだ……愛している」
 
「はい、私もです」

 愛しい妻との時間が、任務に邪魔されることもない。
 戦死の通達が来て、辛く寂しい時間と、金剛達の非道な仕打ちに耐えた鎖子は要にべったりだった。

「要様。今日は鎖子の作ったパンケーキを食べていただけますか……?」
「要様。鎖子と一緒に、この洋書を読んでくださいますか……?」
「要様。鬼妖力にいいというツボを知ったのです……鎖子が要様のお背中を押してもよろしいでしょうか?」
 
 離れようとせず、自分だけを見つめて甘えてくる愛しい花嫁。

「……可愛い……俺の前でだけ、鎖子って言うのがものすごく可愛い……」
 
 可愛すぎて、可愛すぎて、可愛い事を言われるたびに内心悶え、夜は激しく求めてしまう。

 鎖子は嫌がりもせずに、夜の相手もしてくれるが、さすがに一週間も連続で求め続けてしまい……。

「ケダモノか、俺は……」

 さすがに、要も自己嫌悪に陥った。
 
 主治医が要の書斎で、困惑した顔をする。

「つまりは……精力を減退させる薬のようなものが欲しいとのことですね?」

「そうだ。なんでもいい。漢方でもいいし、気功でも。何か方法があるなら教えてほしい」

「しかし……要様はまだ二十歳でありますし、新婚の男性としては健康的な反応とも思えます」

 幼い頃から鎖子だけを想い、他の女に指一本触れることもしなかった要。
 二十歳の男が初めて結ばれる快楽を知れば、誰しもそうなってしまうのではと主治医は思う。
 
「妻から見れば、毎夜毎晩……猿のようだと呆れられてしまうのではないかと……俺は悩んでいる」

「今は療養で休暇中ですし、鎖子様のご様子も新婚の奥方様として幸せそうに見えますがね……」

 日中眠ければ、仮眠を……と主治医は言ったが、要は宙を眺めるように天井を見た。

「いつ鎖子を見ても、可愛くてそういう(よこしま)な目で見てしまう自分が嫌なんだ……。何をしていても可愛くて、愛しくて、すぐ抱きたくなる。いつも俺を好きだと言って、寄り添ってくれるんだ。夜なんか一緒に風呂へ入れば我慢できるはずもない。それから何度も朝まで求める、を繰り返し……いつも鎖子の事ばかり考えてしまう……俺は病気か……?」

 この『冷徹武士』は、表情はあまり出さないが言ってる事は、ただの凄まじい惚気である。
 主治医は、カルテに『惚気過多』と書きたい気持ちになった。

「先ほども言いましたが、健康的な青年の通常の反応と言えるかと……。しかし要様は長年の激務をこなされてきた軍人です。この療養期間で体力が有り余っている可能性はありますね」

 男子の性欲には運動させよ、だ。

「……なるほど。鍛錬はしているが屋敷内だけだと、かなり運動量は減っている。こんな長期間の休みなど留学して以来なかったからな……」

「もう少し訓練を増やされるのも良いかもしれません」

「ありがとう。すぐに対処しようと思う。岡崎を呼んでくれ」

 ◇◇◇

 その日の夜。

「要様、これからしばらく夜にお出かけを……?」

「あぁ。あまりに身体がなまってしまうと思い、軍部に隠れて妖魔退治などをしようかと思ってな」

「それで仮面にマントを……? とても素敵です」

「身分隠しのためだ。刀でバレてはいけないのでサーベルにした」

 帝国の軍服より、光沢のある黒い布地で刺繍も入って豪華である。
 仮面も海外で舞踏会でかぶるような美しいものだ。
 多分、いつもの九鬼兜家御用達の仕立て屋が用意したのだろう。

「まるで小説のなかの仮面騎士ですわ……私もお供したいです」

「鎖子も一緒に? それは……駄目だ」

「何故です?」

「妖魔を討つ鎖子も、凛々しく美しく……すごく好きだからだ」

 金剛の策略で、大学校へ通った鎖子。
 男子生徒達の憧れで、鎖子が大学校を辞めた時は皆が咽び泣いたのだった。

 要も鎖子の軍服姿の美しさは当然にわかっている。
 鎖子が副官だったら……などという邪な妄想してしまいそうで、あまり考えないようにしていた。
 
「……でも、じゃあどうして……」

「つまり帝都の暗がりや、森で同じことをしてしまっては元も子もない……ゴホン!! 外で……? 俺はどれだけ変態に……なっていくんだ」

「へん……た?」
 
「な、なんでもないんだ。鎖子、可愛いぬいぐるみを取り寄せようか? 夜中には帰って、眠る鎖子と一緒に寝るつもりだ」

「……ぬいぐるみはミミちゃんがいるから大丈夫です……寂しい気持ちはありますが、我慢してお待ちしております」
 
 さびしそうな鎖子を見て、要は心が痛む気持ちだったがそこは耐えた。
 それから要は夕飯を食べたあと、鎖子との穏やかな時間を過ごす。
 
 二十ニ時になったのを要は確認した。
 いつもは二人で風呂に入る時間だが、要は立ち上がる。

「行ってくる」

「はい、気をつけてくださいませ」

 仮面とマントを身に着け、次元門(ゲェト)でどこかに出掛け……深夜に眠る鎖子を抱き締めて眠る日々。

 鎖子は、ぬいぐるみを抱いて要が帰宅するまで眠ったふりをしている。
 要は鎖子の頬に口づけをして、眠りにつく。
 
 何も疑うことなどない……。

 しかしそんな日々が一週間続き、鎖子は不安になってしまう。

< 1 / 3 >

この作品をシェア

pagetop