「鬼縛る花嫁」番外編・1「幸せ夫婦の夜のお悩み」

鎖子の悩み

「要様……深夜の帝都や山中で何をしていらっしゃるのでしょう」

 要が書類仕事中。
 メイド達とのお茶会で、鎖子はため息をこぼす。

「軍部に秘密での、妖魔退治なのではないのですか?」

「そう……だとは思うのです。でも、帝都には沢山のお店があると聞きました……」

 親友の希美に、最近聞いた情報だった。
 帝都では、今色々な男性向けのお店が流行っているらしい。

「えぇ~~要様が女遊びをしているのか、不安なのですか?」

「お、女遊び……そこまでは思っていないのですが……」

「帝都では女給と一緒にお酒を飲めるカフェが男に人気なんですってよ」

「カフェ……そんな場所が……」

「憧れの女給には毎晩通う男もいるとか」

「憧れ……毎晩……」

「こら! 鎖子お嬢様を不安にさせるような事を言わないでくださいまし!」

 赤裸々な事を話す若いメイド達を、梅がたしなめる。

「梅さんごめーん! でも絶対に有り得ないじゃないですか。要様は鎖子様命ですよ!?」

「ですよね~冷徹武士というより最近は鎖子様命武士ですよ」

 屋敷の使用人達は、いつも離れない鎖子と要をずっと見ているのだ。
 要が他の女性に目を向けるはずがないと思っている。

「……私達は、これから離れることはないと誓い合いました。でも男性の、そう言った欲は……もしかしたらまた別の話かもしれません……私は、子供っぽいですし、女性としての魅力が……ないのかも……とずっと悩んでいるのです」

 メイド達は、鎖子の胸囲や腰回り、足の長さなども知っている。
 人界に舞い降りた天女と言われても誰もが信じるような美貌なのに、鎖子自身の自己評価はあまりに低い。

「鎖子お嬢様、考えすぎですよ。鎖子お嬢様はとっても魅力ある女性ですよ」

 梅はいつも鎖子を褒めるのだが、鎖子は梅が気を遣っているだと思うばかりだ。

「……でも、恥ずかしい話なのですが、どうか皆様聞いてください……数日は誰にも相談できなくって、悩んでいたのです」

 鎖子は、紅茶のカップを指先で撫でる。
 頬は赤く染まって恥ずかしそうに……しかし辛そうに目を瞑る。

「可愛い鎖子様! ここの皆は鎖子様の味方ですよ」

「なんでも話してください! 絶対に誰にも言いませんから!」

「……あの、最近……よ、よ、夜が……あの……なくって……ですね」

 顔を真っ赤にしながらも、哀しそうな鎖子を見て皆が察する。

「か、要様、新婚で、なんてことを!」

「どうしてこんな可愛い鎖子様に、そんな寂しい想いをさせているのですか!?」

 メイド達が憤慨する。
 普段は要を主人とし心から尊敬しているメイド達だが、最近は鎖子寄りになっている。

「皆様、待ってください! 要様は何も悪くないのです……皆様、殿方に愛されるようになるには、どうしたらいいか教えてくださいますか……?」

 鎖子としては、要が悪いわけではなく……あくまで自分の魅力を向上させたいという願いだ。

「鎖子お嬢様ーーー!! 梅にお任せくださいませっ!! 最近の海外での流行りなども岡崎さんから聞いておりますからねっ」

「岡崎さんに? まぁ梅さん、岡崎さんと仲がよろしいのですね」

「あっ! いえいえ、同僚としてでございます! 西洋の文化にお詳しく、ただ話を……本当にっ! 老人に何を!」

 顔を真っ赤にする梅。
 確かに梅は老人と言われる年齢ではあるが、まだ還暦前。
 そんな梅を見てメイド達がニヤニヤしている。
 しかし、今は鎖子の課題が何より大事だ。

「鎖子様をお色気たっぷりに飾って、要様を爆発させちゃいましょうよ!」

「洋風の下着で迫るのもいいし、花魁みたいな襦袢を着るのもいいわよね!」

「私は鎖子様の、軍服姿も凛々しく美しくってお好きなのよね。要様の後をつけるのもいいかもしれませんよ!?」

「仕立て屋さんを呼びましょうか! 最近外国の方が入ってかなり斬新な服を提案してくれるらしいですよー!」

 メイド達がキャッキャ盛り上がる。
 少し不安と寂しさが紛れた鎖子は、無意識にお腹を撫でてしまう。

「いやだわ……呪術紋はもうないのに……」
 
「鎖子様! さっそく要様へのお色気お誘い大作戦の計画を衣装部屋で立てましょう!」

「お、お色気……。で、でも要様を誘惑できる色気が欲しいのですっ! 皆様どうか、お願いいたしますっ……!」

 自分に色気がないと思い込んでいる鎖子は、この機会に女性の色気を学びたいと思い、メイド達に頭を下げた。

 ◇◇◇ 

 数日後、軍部にどうしても行かねばならない用事があった要。
 車椅子に乗り、まだ重症のように振る舞い、医務室のベッドで少しずつ長時間の調書を受けた。

「……さすがに疲れた……」

 慣れない演技をして、かなり疲弊した要が屋敷に着いた。

「要様、おかえりなさいませ……!」

「鎖子、ただいま……」

 愛妻の声を聞いて、顔を揚げる要。
 そこには膝上丈スカートのメイド姿の鎖子が微笑んでいた。

「……幻覚……か?」

 膝丈のスカートでも、破廉恥と言われる事もある時代。
 それ以上に、足を露わにしている鎖子。

「あ、あの……仕立て屋さんの新しい海外デザイナー? さんが、斬新で新しいメイド服を私に紹介してくださったのです」

「……幻覚じゃない……?」

「ほ、本物でございます……」

 フリルがのぞく短いスカートから見える、鎖子の艶かしい白い脚。 
 可愛い笑顔。

「夜の警備に行ってくる。九鬼兜の山に行ってくる」

「え!? い、今からですか!?」

「すごく元気になったから、行ってくる。行ってきます」
 
「か、要様……」

「鎖子」

「は、はい」

 振り返った要は、鎖子の手を引いて、頬に口づけた。

「俺以外の前で、そのメイド服は絶対に着てはいけないよ。絶対にだ」

「えっ……は、はい。わかりました」

「行ってくる。すぐ処理しなければまずい」

 要はそう言うと、包帯を引き剥がして馬車にも乗らずに次元門でどこかへ行ってしまった。

「要様……妖魔が、そんなに……?」

 一人残されてしまった鎖子。
 しかし後ろからメイド達が押し寄せた。  

「鎖子様! 次の作戦を実行しますよ! みんな! 鎖子様に軍服を着せて~!」

「きゃ! は、はい! お願いします!」

 膝上メイド服から、髪を結い、膝上スカートの軍服に着替えさせられて馬車に乗せられた鎖子。
 御者は岡崎と梅で、すぐに出発した。

「この軍服、帝国のものじゃないわ……でも、とっても華やかで可愛らしい。皆様ありがとうございます」

 帝国の軍服とは違う。
 軍服風ではあるが、こちらも膝上のスカートで桃色の線やフリルが付いている。
 マントも可愛らしく、持たされた武器はレイピアだ。

「まぁレイピア。少し大学校で学んだわね。使いやすくって好きだわ」

 馬車の中で、美しい装飾のレイピアを眺める。
 
 要は、どうして自分を避けるのだろう。
 メイド服はとっても可愛らしかったが、自分の身体では似合わなかっただろうか?
 逃げるように、行ってしまった。
 本当は追いかけるのは怖い。
 カフェに行っていたり、森で女と会っていたらどうしよう?

 でもメイド達が送り出してくれたように、勢いも大事なのかもしれない。

 鎖子はスカートの裾を握る。
 
 勢いだ……! と。

「鎖子お嬢様! もうすぐ、要様のいらっしゃる山へ着きますからね!」
 
 梅が御者席から叫んだ。

「は、はい!」

 山の麓に馬車が着く。

「要様がこの山で妖魔退治を……」

 馬車を降りて、真っ暗な山を見上げる。
 半月だった。
 ゆっくりと雲が流れている。
 頬に痺れるような妖魔の気配を感じた。

 そして……要の鬼妖力も感じる。
 鬼人の鬼妖力を見極める事ができるのも特殊な能力のひとつだ。
 
「鎖子様、こちらでお待ち頂ければ坊ちゃまは必ずここを通られます」

「いいえ。私も山に入って妖魔退治をして参ります」

「えぇ!? 鎖子お嬢様!? 危険です!」
 
「少し自分の力を試してみたくなりました。無茶はしません、梅さん、岡崎さんと先に帰ってくださっても大丈夫です」

「えっ鎖子お嬢様……何時間でも構いませんよ! 岡崎さんと一緒に、待っておりますから!!」

 梅が止める間もなく、鎖子は山に向かって走り出していた。
 あの演習での恐ろしかった時間。
 そして無力だった時間。

 情けなく、不甲斐ない自分。

 そんな自分を今此処で、打破したくなった。

 何より、この山で戦う要を追いかけたかった。

「ギシャアアアア!」

「猿……!!」
 
 一般市民にとっては脅威となる猿型妖魔を、鎖子は鎖で五匹撃破した。

「この量は、始末が大変だわ……でも鎖なら……はぁーっ!!」

 大学校で学んでいる一年生でも、この山での一人任務は到底できないだろう。
 だが金剛達との戦いで、柳善縛家当主の鎖子は戦闘能力も開花させたのであった。

「ギャアアアアアア!」

「邪魔よ……!」

 鎖とレイピアで妖魔を撃破し、山を駆ける。

「猿は、女性を襲ったりするから嫌いだわ……」

 雄猿が、鎖子を襲うが全て蹴散らす。

 その時、鳥の鳴き声が聞こえて、要の鬼妖力を強く感じた。

「要様っ!?」

「鎖子……!?」

 真夜中の空中に乱舞した怪鳥を追撃した要が、鎖子のもとに向かって一直線に降りてきた。
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