蓮音(れおん) ―君に遺した約束―
第8章『ゆっくり育つ命』
蓮sideー静かな覚悟ー
ーー
夜の風が
少し冷たくなってきていた。
煙草の火が
ゆらゆら揺れては消えていく。
その小さな火を
ぼんやりと見つめながら
俺は
ずっと考えてた。
……あの日から。
美咲が妊娠してるって聞いたあの日から
頭の中は
ずっと、同じことを繰り返してた。
“俺に…子供ができた”
何度呟いても
まだ、現実感は全部は追いついてこなくて
でも
美咲が腹に手を当てて微笑む顔を見るたびに
その事実は
じわじわと胸に沁みてきてた。
ーー
正直に言うなら
最初は、怖かった。
この世界で
生きてきた俺に
守れるのか――
育てられるのか――
そんな普通の幸せに
ちゃんと向き合えるのかって。
「……はぁ」
静かに
煙を吐き出す。
自分の人生なんて
いつ終わっても構わねぇって
ずっとそう思って生きてきたのに
今は違う。
守んなきゃなんねぇもんが
できちまった。
あいつの細い手を握ったときの
あの感触が
腹の中にいる
まだ見ぬ小さな命が
俺の全部を
少しずつ変えてきてた。
「……もう、戻れねぇな」
誰にも聞こえないように
ぽつりと呟いた。
ーー
次の日の夜――
美咲を
高台に連れてきた。
この場所は
いつの間にか、ふたりの定番になってた。
夜景を見下ろしながら
無言で並んで立つ。
風が吹くたびに
美咲の髪が揺れて
その横顔を
ふと盗み見る。
「……最近さ」
ゆっくりと
俺は口を開いた。
「考えるんだよ」
美咲が
静かにこっちを見る。
「何を?」
俺は少しだけ空を仰いだ。
「……もっと普通に生きられたらって」
「お前と、この子と――
普通の生活ができたら、って」
美咲の目が
ゆっくりと潤んでいく。
「蓮くん……」
「今までそんなこと
一度も考えたことなかったのにな」
「……でも」
言葉を一度飲み込んで
もう一度、美咲の目を見た。
「お前が隣にいて
この子が生まれてくるって思ったら――
欲が出てきた
…ちゃんと生きて、守りてぇって思った」
美咲の唇が小さく震えた。
「……蓮くん……嬉しい」
小さな声だった。
そして
堪えきれずにポロポロと涙が零れていく。
俺は
そっと美咲を引き寄せた。
「泣くなよ」
低く囁いて
ぎゅっと
しっかり腕の中に抱き込む。
「俺が全部、守るから」
「お前も、この子も――
ぜってぇ守る」
美咲は小さく何度も頷きながら
俺の胸に顔を埋めた。
その肩が
震え続けてた。
俺は
そっとその髪に口付けた。
幸せって感情が
こんなにも怖いものだとは
正直思わなかった。
でも――
それでももう
“この手は絶対に離さねぇ”
そう
強く心に刻んでいた。
ーー