蓮音(れおん) ―君に遺した約束―
ーー
春がゆっくりと過ぎて
季節は初夏へと変わっていった。
お腹の中の小さな命は
静かに、でも確かに育っていく。
「……少し出てきたね」
鏡の前で
お腹を撫でながら微笑んだ。
手のひらに感じる
わずかな膨らみ。
そこに
もう一人の”誰か”がいることが
まだ少し不思議で
でも、とても愛おしかった。
蓮は
相変わらず多くを語らないけど
私の身体を
本当に大事そうに扱ってくれるようになった。
「……無理すんなよ」
「今日は早く寝ろ」
「腹、冷やすな」
ぶっきらぼうに聞こえるその言葉が
どれもあたたかくて
胸の奥が
じんわりと満たされていくのが分かった。
ーー
ある日の夜――
ソファに並んで座りながら
蓮は私のお腹に
そっと手を当てた。
「……ここで生きてんだよな」
その声は
小さくて静かだった。
私は
ゆっくり頷いた。
「…生きてるよ」
「毎日少しずつ、大きくなってる」
蓮の指先が
ゆっくりとお腹を撫でる。
何度も、何度も
「……お前が腹ん中で育ててくれてんだもんな」
「……すげぇな」
蓮は、ふっと小さく笑った。
その笑顔が
なんだか、すごく優しくて
私の胸がぎゅっとなった。
「私だけじゃないよ」
「蓮くんだって、一緒に育ててる」
そう言うと
蓮は少しだけ照れたように
視線を逸らした。
「……俺は何もしてねぇよ」
「してるよ」
私は
蓮の手を握った。
「こうしてそばにいてくれるだけで
すごく、すごく安心するの」
蓮は
私の手をじっと見つめたあと
ゆっくりと
指を絡め返してくれた。
「……じゃあ、ずっと隣にいるわ」
「お前と、この子のそばに」
その言葉が
優しくて、重くて
私の目から
自然と涙がこぼれた。
蓮は慌てたように
そっと涙を拭ってくれる。
「……また泣く」
「泣き虫」
「…だって、嬉しいんだもん」
私は
涙のまま笑った。
ーー
ある日
お腹の中で小さく動く感覚を
初めて感じた。
「……今、動いた」
思わず声を上げる。
蓮が驚いたように
急いで隣に寄ってくる。
「どこだ?」
「ここ…!」
私は蓮の手を取って
お腹の上にそっと乗せた。
「動くかな…?」
ふたりで息を飲む。
──ぽこっ
「……っ!?」
蓮の目が
ほんの少し見開かれた。
「今…蹴った?」
「うん…!だよね…!」
私も涙目になりながら笑った。
蓮はしばらく黙って
そのまま手をお腹に当て続けた。
その表情は
いつもの蓮とは
少し違って見えた。
言葉にしなくても
胸の奥で
何かが溢れてるのが伝わってきた。
「……こいつ、元気だな」
蓮が
ぽつりと小さく呟いた。
その声は、震えてた。
私は
そっと蓮に寄りかかる。
「蓮くんに似たのかもね」
蓮は、ふっと
小さく鼻で笑った。
「……そうかもな」
私たちは
肩を寄せ合ったまま
小さく動く命の鼓動を
ふたりで感じ続けていた。
その静かな夜は
ずっと、ずっと
あたたかく続いていた。
ーー