蓮音(れおん) ―君に遺した約束―
第16章『病院ーさいごの約束』

ーー

深夜――

突然、鳴り響いたスマホの着信音。

 

私はその音に
心臓が跳ね上がったまま固まった。

 

ディスプレイには
圭悟さんの名前。

 

震える指で
通話ボタンを押す。

 

 

「……美咲…!」

 

圭悟さんの焦った声が響いた。

 

「蓮が……蓮が刺された!!
今、救急で運んでる!!すぐ病院に向かってくれ!!」

 

 

耳の奥がジンジンして
呼吸が止まりそうになった。

 

「えっ…?嘘…でしょ…?」

 

 

足が震え出す。

 

だけど、泣いてる暇なんてなかった。

 

私はすぐにバッグを掴み
家を飛び出していた。

 

ーー

 

鳴り響くサイレン。

 

私のタクシーが
夜の道路を疾走していく。

 

「早く…!もっと早く行ってください!!」

 

運転手に必死に叫ぶ自分の声が
震え続けていた。

 

胸の奥がギュッと締め付けられて
吐きそうだった。

 

「お願い…お願いだから…間に合って…」

 

 

涙が頬を伝うのを
止められなかった。

 

 

ーー

 

病院へ着いた時には
すでにストレッチャーで蓮が運ばれていくところだった。

 

「蓮くん…!!蓮くん…!!」

 

叫びながら駆け寄ろうとした私を
看護師が必死に制止する。

 

 

「ご家族の方はこちらでお待ちください!!」

 

 

蓮は酸素マスクをつけたまま
顔色は蒼白で

 

血まみれのシーツが
胸のあたりまで覆っていた。

 

 

私はその場で泣き崩れそうになった。

 

でも――

 

『蓮くんは帰ってくるって言った…』

 

あの夜の言葉だけを
何度も何度も心の中で繰り返していた。

 

 

ーー

 

集中治療室のドアが閉まり
静かな時間だけが流れる。

 

時計の針の音だけが
耳元に刺さるようだった。

 

 

「……蓮くん…嫌だよ

いつまで寝てるのよ…お願い…戻ってきて…」

 

 

震える声で何度も呟く。

 

涙はもうとっくに止まらなくなっていた。

 

ーー

 

どれくらい時間が経ったのか分からない頃――

 

カーテンの奥に呼び出された。

 

「……意識が少し戻りそうです」

 

看護師の声に
私はすぐに駆け寄った。

 

 

ーー

 

ベッドの上の蓮は
酸素マスクをつけたまま

 

血の気の引いた顔で
静かに横たわっていた。

 

「蓮くん…」
 

だけど

 

その目が――
ゆっくりと、薄く開いた。

 

 

「……蓮くん…!!」

 

私は泣きながら
その手を掴んだ。

 

 

「蓮くん!!よかった…わたしいるよ…ここにいるから…!」

 

 

蓮の唇が
苦しそうにわずかに動く。

 

 

「……美…咲…」

 

 

私は顔を近づけた。

 

「ん?…いるよ?ここに…わたしいるからね!」

 

「頑張ったね…もう大丈夫だからね…!」

 

 

蓮の呼吸が
かすかに震えた。

 

 

「……子供の…名前……

 

……蓮音…」

 

 

私は嗚咽を漏らしながら何度も頷いた。

 

 

「わかったよ…蓮音だね…!

すごく…すごく素敵だよ…!」

 

 

蓮の唇がわずかに緩む。

 

 

「……ばーか…

 
……泣くなよ…」

 

私は泣きながらも、少しだけ微笑んでみせた





「美咲…

 

……愛してる…」

 

 

その最後の囁きと共に――

 

蓮の胸の上下が
静かに止まった。

 

 

ピーーーーー

 

無機質な心拍計の音が
冷たく病室に響き渡った。

 

 

「蓮…くん?…いやだよ…ねぇ!蓮くん…

やだ…お願い…目を開けて…蓮くん…!!」



「私のこと…蓮音のこと置いていかないでよ…!!」

 

私は泣き叫びながら
何度も何度も蓮の名前を呼び続けた。

 

 

けれど――

 

その目が開くことは
もうなかった。

 

ーー
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