蓮音(れおん) ―君に遺した約束―
第3章『少しずつ近づく距離』



ーー

季節が
少しだけ進んだ。

 

春の柔らかさの中に
どこか、初夏の匂いが混ざる。

 

あれから──

何度も、思い返してしまう。

 

あの日の夜道
突然現れたバイクの音。

 

低い声。

 

冷たいはずなのに
なぜか忘れられないあの目。

 

“不死蝶會の総長”――蓮。

 

怖い、はずだったのに

気づけば
視線が無意識に追いかけてしまってる。

 

ーー

 

その日も、たまたまだった。

 

放課後の駅前。

 

私はコンビニの袋を片手に
ゆっくり歩いていた。

 

ガサガサ…
袋の中のペットボトルが鳴る。

 

ふと
道の反対側に視線を向けた。

 

……あ。

 

そこに
黒いジャケット姿の彼がいた。

 

蓮。

 

自販機の前で
ゆったりと缶コーヒーを買っている。

 

いつも通り、無表情。

 

でも

風が吹くたびに
少しだけ髪が揺れて

その横顔が
妙に綺麗に見えた。

 

……声、かけたらどうなるんだろう。

 

いや、ダメだよね。
そもそも怖い人だし…

 

そんな風に葛藤してた、その瞬間だった。

 

ガサ――ッ

 

「あっ…!」

 

手が滑って、袋が破けた。

 

床に転がるペットボトルと
落ちて散らばるお菓子。

 

慌てて拾おうとした時。

 

目の前に、すっと誰かの手が伸びた。

 

「……落としたぞ」

 

低い声。

 

顔を上げると
すぐそこに、蓮が立っていた。

 

「……あ…あの…」

 

咄嗟に言葉が詰まる。

 

蓮は無言のまま
淡々とペットボトルを拾い上げ
私に手渡してきた。

 

受け取る指先が
ほんの少しだけ触れる。

 

ドクン…

 

心臓が跳ねた。

 

蓮は一度だけ、目を細めて言った。

 

「…また会ったな」

 

それだけだった。

 

その声は
以前よりも少しだけ
柔らかく聞こえた気がした。

 

ーー

 

その時。

 

「総長〜!こっちすよー!」

 

少し離れた場所から
仲間たちの声が飛んできた。

 

蓮はそちらに目を向けると
また私を一瞥して、短く告げた。

 

「……もう帰れ」

 

そして、背を向けた。

 

私の隣をすれ違いながら
そのままゆっくり歩いていく蓮の背中を

私は
また、ただ黙って見送るしかなかった。

 

怖いはずなのに

どうしてだろう。

 

あの背中が
だんだん胸の奥に焼き付いていくみたいで

また
ドクン、って音がしてた。

 

ーー
< 3 / 25 >

この作品をシェア

pagetop