蓮音(れおん) ―君に遺した約束―
第4章『揺れる距離、揺れる心』

ーー

最近――

 

母の目が
少しずつ厳しくなってきてた。

 

食卓で
ふとした沈黙が増えた気がする。

 

「美咲…最近、夜遅いんじゃない?」

 

「……そんなことないよ」

 

なるべく、自然に答えたつもりだったけど

 

母の表情は曇ったままだった。

 

「本当に?」

 

「…うん」

 

母の声が
いつもより少しだけ、尖ってる。

 

父も何も言わずに
新聞を読んでいるふりをしていた。

 

 

私自身も
わかってた。

 

クラスの中でも
少しずつ、あの人との”噂”が広がってることを。

 

『不死蝶會の総長と…?』

 

『え、マジ? どういう関係なの?』

 

そんなヒソヒソ話が
耳に入ってくる度に

 

心臓が
ドクドクって鳴ってた。

 

だけど

私たちは
恋人でもなんでもなくて

 

ただ――

 

怖いのに
気になってしまうだけだった。

 

それだけなのに

 

周りはどんどん
勝手に色んな想像をしていく。

 

ーー

 

その日の夜も
一人で帰り道を歩いてた。

 

街灯の明かりが
ぼんやりと滲んでる。

 

風が冷たくて
カーディガンの袖を引き寄せる。

 

 

カツ…カツ…カツ…

 

後ろから
低いブーツの音が聞こえてきた。

 

振り返ると
そこにいたのは――

 

「……また一人で歩いてんのかよ」

 

黒いジャケット。
不死蝶會の刺繍。

 

蓮だった。

 

「…あ……」

 

思わず、立ち止まる。

 

蓮はいつものように
無表情で私を見つめてた。

 

「こんな時間に一人で歩くとか…」
「危ねぇだろ」

 

低くて静かな声。

 

胸の奥が
またドクン…と跳ねる。

 

「……大丈夫。もうすぐ家だから…」

 

震えそうになる声を
なんとか抑えた。

 

蓮はそれ以上何も言わず

 

「……気をつけろ」

 

そうだけ呟いて
ポケットに手を突っ込んだまま
ゆっくりと背を向けた。

 

歩き去っていく背中。

 

その姿が
どんどん小さくなっていくのを

 

私は
その場に立ち尽くしながら
見つめ続けてた。

 

怖い人…のはずなのに

 

なのに
あの背中を、
また目で追いかけてしまう。

 

心臓の音だけが
やたらとうるさく鳴ってた。

 

ーー
< 4 / 25 >

この作品をシェア

pagetop