わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

俺の炎 (アカイ21)

 スレイヤーが居酒屋を出てからほどなくアカイは暖簾をくぐり表に出た。いろいろと、あったのだ。順を追えばこういうことである。


 出てきた鯉の洗いを見て俺は予想通りかなと思った。前世のと比べて少し薄切りであるが劇的に旨くなっているとは思えぬ見た目。恐る恐る一切れ箸でつまみそのまま口に運び一口噛んで鼻息を出す。

「まぁこんなもんか」

 感想の全てである。むしろあまり美味しくないかもしれない。川魚の泥くささを若干感じ歯応えもあまりよくはない。味も淡泊。つまりは匂い味食感その全てがいまいちである。

「名物だしな」

 俺は独り言を漏らし自分を納得させた。名物に旨いものは無しとはつまりはそういうこと。こういうのが良いんだよと言われればそうですかとしか返せないその微妙さ。次は用意されていた味噌をつけて食べる。味噌の旨さが際立つし鯉の生臭さも中和されている。

「旨いけど全て味噌味になってしまう」

 それが味噌の欠点でもある。カレーと似てその支配力は微妙さを打ち消す。さて、と俺は二人前の鯉の洗いを眺めまわしそれから勢いよく食べだした。こういうのはちびちび食べると美味しくない一気に食べるのが良い! 豪快に一箸で切り身三枚をとり味噌につけて食べる。ここで酒を勢いよく飲むと、リズム感とスピード感が加わりそれが旨さに加わった。というか合うなこれ、と俺は酒と名物の組み合わせの良さに驚く。とある老舗の天ぷら屋に赤ワインがあるように長年の経験からこれが良いと店側が分かっており、その二つの組み合わせが名物なのでは? 悟りを開きつつある俺はあっという間にそれらを喰い尽くしてしまった。

「良いじゃないか」

 気にいった。なるほど食べ方次第だな。ふぅ魚は全部食べてこれから酒をのんびりとやって、あっ! と思った瞬間に瓶が床に落ちガラスが割れる破壊音。酒瓶を取ろうとしたら手の甲が当ったためである。

「ごっごめんなさい!」

 俺は反射的に叫ぶと店員がすぐさま現れこちらの無事を確認しそれから掃除をして去っていった。慣れっこなのか手際が実に良かった。それにしても俺はよくこれをやってしまう。部屋の畳には酒が染み込んでいてその跡を見るたびに嫌な気分になったものだ。実にカッコが悪い。連れがいなくて良かった。誰かいたら醜態を晒していたし反射的な謝罪も聞かれていただろう。さっきの彼かそれともシノブか……よし、と俺はこれ以上の長居はやめ会計を済ませ店を出ることにした。

 明るいうちに居酒屋に入って出るときもまだ明るいって気分が良すぎる。これもまた天の意思だ。昼からあんまりたくさん飲んじゃ駄目というやつ。俺には嫁がいないので止めてくれる人がいないためこればかりは天頼りだ。こういう止めてくれる人がいるかどうかって健康に直結する。男は自分を壊すために酒を飲んでいる節すらあるからそのツケは中年代以降に回ってくると、おっさんになってからつくづく痛感するものだ。自制ができるなら酒を飲まない。自制とは節酒ではなく禁酒。これなのである。

 まぁこれでよかった! だって俺には連れという存在がいるしこうやって家に待っていてくれる人がいる。それだけで酒を飲む量が減るからこれはもう幸福でしょう! それにしても、と俺は程よき酔い心地のなか歩きながら彼は良い男だったなと思う。この世界に来てから男とは一番長話をしたかもしれない。それもあの俺とシノブの話を。世界平和と俺の使命についてのことを。こちらが思わず語らされていたようなものだがもう少し語りたかったものだ。俺とシノブの未来について、その運命について……まぁそんなことを考えていたら宿屋につき、トントンと階段をあがって廊下に立つとどこかかから話し声が聞こえてくる。廊下を歩くとシノブの声が聞こえた。

「アカイ助けて!!」

 俺は大急ぎで自分の部屋の扉を開くとそこにはさっきの彼とシノブの姿が!

「どうしてだ!」

 さっき別れたばかりの若い衆が目を見開きこちらを見ている。

「肴は、酒は、たくさんあったはずなのに」
「あっああ、シノブのことが気になって……」
「アカイの歩き方は特徴的だから私は帰ってきたことが分かったのよ」

 動揺する彼と俺に向かってシノブが勝ち誇っているような声で以って応じた。そうなの? 俺の足音って特徴的なの? そこはもうちょっと気みたいなもので俺という存在を察して欲しかったが。いやいやいやそれよりも。

「妹に会うといっていたけどそれってまさか」

 混乱しながら俺が尋ねると彼は落ち着き背筋を伸ばしゆっくりと語りだした。

「申し遅れたが俺の名はスレイヤーだ。そしてシノブの兄であるものだ。この件に関して話がある」
「……スレイヤー」

 俺は声に出してその名を呼ぶとシノブの声が被さってきた。

「兄さん! 里に帰るだなんて私は嫌だからね!」

 帰る! 俺がシノブを見ると目が合った。

「シノブ! 静かにしろ!」

 スレイヤーの静止をシノブは聞かないまま再び俺に向かって言った、ようにしか見えない。

「里に帰ってすぐに結婚しろだなんて嫌! 私は自分の好きな男の人と結婚するの! 兄さんの決めた相手なんて御免よ!」
「なんだと!」

 俺が叫ぶとスレイヤーは驚いている。なにを驚いているんだ? 俺はもっともっと驚いて訳が分からないんだぞ!

「シノブは里に帰ると無理矢理嫁にやられる……」

 呟くと全身から血が引く音が聞こえた。そのせいで身体は芯から冷え切り凍えそうになる。これは死の温度ではないのか? 俺はいますごいことを口走ったのでは? それってつまり……シノブが俺以外の男と子作りセックスをさせられる、だとおおお!!

 その過程の妄想が脳内を一気に駆け巡り俺の血が熱くなり顔色が赤黒くなっているだろう! もう熱いどころか血管に炎が走るのが分かる。身体の中は隅から隅まで俺の炎でいっぱいとなっている! 壮大なるNTRの一大叙事詩! 最後は赤子を抱いたシノブが写る家族写真の年賀状でfin! ふざけるな俺に寝取られ趣味はない! むしろ死ぬほど嫌いだ! そうだとも! 俺をふった女は全員その後に彼氏ができ夫がいるのだろう。つまり俺は今まで出会った全ての女を他の男にNTRれたと言っても過言ではない……絶対に過言じゃないんだよ! 過言というならだったらなんで俺は独りなんだ説明しろ! 他に良い男がいると思うからサヨナラの挨拶抜きのブロック着信拒否はNTRのひとつのはずだ。

 そうだとも! 俺は愛に破れ絶望死してしまったことに『おおいなるもの』が憐れみ異世界転生させてもらったのだ。そしてあんな希望のない世界を脳内で滅亡させ、この新世界においてただひとりの運命の相手と添い遂げようとしているのに、こいつは! 俺の嫁を! 俺の知らない男に犯させようとしている! そうだこいつは悪い男の顔をしている! 例えれば好意を持ってくれた大人しい後輩女子と付き合うも過酷に扱い虐待するも当の彼女からは「でもそういうところが好き」とか惚気ごとを言われる鼻持ちならぬいけ好かないムカつくモテ男な顔だ!

「アカイ助けて!」

 シノブの声がスイッチとなった。要するに、キレた!

「うおおおおおお!! 許せん!! スレイヤああああ」

 突きだした俺の掌から炎が放たれた。
< 60 / 111 >

この作品をシェア

pagetop