くすんだ青からログアウト
第四章

お腹、いっぱい――。

たかがそうめん、あなどるなかれ。

するする喉を通る涼しげなそうめんに夢中になっていたら、気づけば何杯もおかわりしていた。

しかも、瑞々しくて甘みたっぷりの野菜スティックやサクサクの天ぷらも美味しくて、ついつい箸が止まらなかった。

ちょっと苦しいぐらい満腹。

でも、午後はそんなお腹の状態にぴったりのプログラムが用意されていた。

その名も『自然観察トレイル』

軽い運動がてら、周囲の森をぐるっと歩きながら、植物や生き物を観察するというアクティビティだ。

植物や生き物を見つけては、事前に配られたパンフレットに載せられた写真と見比べながら、林の奥へと続く小道をみんなで歩く。

『てかさ、ふたりはなんでここにいるの』

昼食時間に矢沢さんに聞かれたことがちらつく。

あの後、矢沢さんがスタッフの人に手伝いを頼まれてしまって、それ以上話ができなくて。

でも、自分が今ここにいることをどう説明していいのかわからなかったから、ちょうど良かったかも。

生い茂る緑と木漏れ日。

澄んだ空気に癒されながら歩いていると、左手が引っ張られて立ち止まる。

視線を落とすと、ペア決めで一緒になった小学二年生のコモモちゃんが俯いていた。

「コモモちゃん?」

トレイルが始まる前から、他の子どもたちに比べて大人しい子だと思っていたけど、どうしたのかな。

「……ママ」

「ん?」

みんなが私たちの横を通り過ぎるなか、コモモちゃんに視線を合わせるようにしゃがんで声を聴く。

「ママ……コモモのこと嫌いになったのかな?」

コモモちゃんの顔を覗き込むと、大きな瞳に涙をためていた。

ど、どうしよう……!

ここで泣き出されてしまったら、どうしていいかわからない。

「コモモちゃんのママは、コモモちゃんのこと大好きだよ」

「……っ、じゃあ、なんで、コモモを置いてけぼりにしたの……帰りたいよ……っ、ママに会いたいっ、好きなのに、なんで離れちゃうのっ……ううっ」

コモモちゃんの涙がこぼれ落ちて、ついには声を上げて泣き出したので、周りもコモモちゃんの異変に気付く。

どうしよう。

参加者の中で最年長なんだから、子供をあやすぐらいできないといけないはずなのに……。

「コモモちゃんは、置いてけぼりにされたんじゃないよ」

「うわーーーんっ」

私の声はもう、彼女には聞こえていない。

どうすれば、泣き止んで……。

「色羽ちゃん、ここは任せて」

そう頭上から声がして顔を上げれば、お昼前に小学生の男の子たちにトマトを食べさせていたスタッフさんがいた。

さっきは確認できなかった胸の名札には《ふみ》と書かれていた。

「色羽ちゃんは、ナオちゃんと歩いててくれる?」

「あ、はいっ」

スタッフさんが手を繋いでいた別の女の子と手を取って、私はコモモちゃんの様子が気になりながらも、先に向かった。

林に入って一時間弱。

ゆるやかな坂道を上りきった先の視界がぱっとひらける。

そこには木製の立派な展望台がそびえていた。

「着いた!すごーい!」

ナオちゃんが元気な声を響かせて私より先にそそくさと展望台へと上る。

「あ、ちょっとナオちゃん!」

「色羽お姉ちゃん早く!!」

子供の体力すごすぎるよ……。

木の階段を登るたびに、汗ばんだ肌に風が通り抜ける。

最後の段を踏みしめてデッキに立つと――目の前に、息を呑む世界が広がっていた。

足元から続いていた木々の緑が、ゆるやかな斜面をすべって、そのまま遠くの海辺へとつながっている。

その先には、太陽の光をきらきらと反射させる青い海。
頭上には、白い雲がゆっくりと空を渡っていた。

「……綺麗」

静かな呟きが風にさらわれて、私の胸にも、心地いい風が吹いたような気がした。

コモモちゃん……大丈夫だったかな……。

ふと、さっき泣きわめいていたコモモちゃんを思い出して、辺りを見渡すと、展望台の一角、ちょっとだけ離れたベンチに、あのスタッフさん――ふみさんが座っていた。

その膝には、すっかり落ち着いた様子のコモモちゃんがちょこんと座っている。

私が目の前に現れたらさっきのことを思い出してまた泣きだしてしまうかもしれないと思い、近づくのをためらっていると、ふみさんがこちらの視線に気付いてニコッと微笑んでくれた。

そして、ふみさんは、別のスタッフに声をかけると、こちらに近づいてきてくれる。

「色羽ちゃん、ありがとうね。さっきは、びっくりしちゃったよね」

「いえ、何もできなくて。ふみさんが来て助かりました。私、あんまり子供と接したことなくてテンパっちゃって……」

「何言ってるの。良く出来ていたわよ。色羽ちゃん、ちゃんとコモモちゃんの視線に合わせて話してたじゃない。高校生でそれができる子もなかなかいないわ。それにあそこまでコモモちゃんが頑張って歩けたのも、色羽ちゃんが優しく声かけして、彼女のペースに合わせて歩いてくれていたから。嫌なら最初の段階で泣いて歩けないものよ」

「でも……私、結局コモモちゃんを泣かせちゃったじゃないですか。ちゃんと彼女の様子を気にかけてあげられてたら、こんなことには……」

私が俯きながら言葉を絞り出すと、ふみさんは柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくり首を振った。

「あのね、色羽ちゃん。コモモちゃんが泣いたのは、色羽ちゃんが優しかったからだよ。」

「え……優しかった、から?」

私がキョトンとして聞き返すと、ふみさんが続ける。

「コモモちゃんが言ってたの。色羽ちゃんと手を繋いで歩いていたら、ママと植物園に行った日のことを思い出してしまったって。色羽ちゃんの優しさに触れて、ぽろっとお母さんのことを思い出してしまったのよ。子供ってね、そういうとき、安心できる人の前でしか泣けないものだったりするのよ。色羽ちゃんの優しさがコモモちゃんの心に触れた証拠」

「心に触れた……証拠」

ふみさんの言葉に、胸の奥で重く締め付けられていた何かが、ほんの少し軽くなった気がした。

コモモちゃんの涙を見たとき、まるで自分が全部失敗したみたいに感じてた。

ふと、コモモちゃんと繋いでいた左手を見つめる。

あの小さな手が、私の手をギュッと握った感触が、まだ指先に残ってる。

「コモモちゃんのお母さん、私の知り合いでね。彼女には、コモモちゃんと1歳の弟がいるの。そんな中、コモモちゃんのお母さんはひとりでふたりを育てないといけなくなって、他にも色々と重なっちゃって。お母さんの休息のためにもコモモちゃんをここに参加させることになったの」

「そう、だったんですか……」

コモモちゃんもお母さんも大変な状況の中、頑張っているんだ。

このキャンプはデジタルデトックスだけを目的としているキャンプだと思っていた。

でも、そうじゃない。

人には言えない苦しさを抱える人に寄り添うためのキャンプでもあるんだ。

「子どもって、泣きながらでも大人の反応をちゃんと見ているものよ。お母さんの苦労を近くで見ているコモモちゃんならなおさら。色羽ちゃんが気持ちに寄り添ってくれたこと、ちゃんと覚えてるから。お母さんと離れても、ここに出会った誰かに同じように優しくしてもらった思い出は、コモモちゃんがこれから頑張るための糧になるからね」

なんだか胸がぽっと温かくなる。
私なんかでも、少しは誰かの力になれたのかな。

コモモちゃんが泣いたのは、失敗じゃなくて、ちゃんと心に触れられた証だったんだ。

「それにしても、ふみさん、すごいですね。すぐにコモモちゃんを落ち着かせて……私、ぜんぜんできなかったのに。ああいうとき、どうすればいいんですか?」

私が少し恥ずかしそうに言うと、ふみさんが「ふふ」と笑って、優しく目を細めた。

「――“泣いてる理由”に耳を傾けるの。泣き止ませようとするんじゃなくて、その子が何を感じてるのか、まずちゃんと受け止めてあげること。焦ったり慌てているのは子供にも伝わって不安にさせちゃう」

ふみさんの言葉は、すごくにやわらかで、すっと胸にしみ込んでいく。

「それは、子供も大人もほとんど変わらないんだけどね」

「え、どういうことですか?」

「私たちも誰かと接していると、なんでこんな言い方するんだろうとか、なんでそんな態度とるんだろうって思うことがあるじゃない?」

ふみさんに問いかけられて頷きながら、私の頭にはすぐに七果のことが浮かぶ。

「人への不満が募ったとき、相手の背景を考えるの。相手がそうできなかった言い訳を考える」

「相手の……言い訳……」

「そう。大人になると、自分の言い訳ばかりは上手になっていく。けれど、それが他人になると途端に難しくなっちゃうの。だから、相手の持っている傷や痛みを知る努力をするの。そうすると、相手が耐えている痛みや抱えている本当の気持ちを知ることができたりする」

抱えている本当の気持ち……か。

「実際、ここに来る子たちは見えない痛みに耐えている子たち。それは色羽ちゃんもね。でも、色羽ちゃんはきっと、誰かの見えない痛みに、自分の痛みと同じ温度で受け止めて寄り添えることができる子だから。絶対大丈夫」

ふみさんは私の肩に優しく手を置いて微笑んだ。

ふみさんからもらった言葉全部を、今、ちゃんと理解できたわけじゃない。

けど、ここでの時間、七果たちとのことや自分のこれからのことをちゃんと考えながら過ごしたい。

そんなふうに小さな決意が心の中で灯る。

「あ、色羽ちゃん、ほら、おやつタイムよ!向こう行きましょうか」

「はいっ!」

私とふみさんは、みんなが集まるベンチテーブルがある展望台の中心へと向かう。

そこにはスタッフさんが大きめのレジャーシートを敷いていて、小学生の子たちが靴を脱いで座っていた。

スタッフさんたちが用意してくれたお茶や手作りの焼き菓子。

展望台に吹くそよ風に癒されつつ、私はみんなとおしゃべりを楽しみながら、午後のゆったりとした時間を過ごした。

楽しかった自然観察トレイルが無事に終了した頃、空はすっかりオレンジ色に染まっていて、私たち参加者は宿泊棟へ向かった。

事前に決められた部屋には、私を含めて5人の参加者。

中学2年生のノアちゃん、小学5年生のユズちゃん、途中で一緒にトレイルに参加した小学2年生のナオちゃん。

そして、矢沢さんだ。

同じ部屋になった4人と改めて挨拶をすれば、すぐに夕食の時間がやってきて、あっという間にお風呂の時間。

そして、ついにやってきた自由時間。

みんながソワソワした様子で交流広場に集まっていた。

そう。1日のうち、唯一電子機器が使える時間。

「長かった〜!」とか「やっと遊べる!」とみんなの色々な声が飛び交うなか、広場に落ち着いた足音が響く。

「はい、みなさん――お待ちかねの自由時間ですよ」

声の主は、泉川さん。

後ろには、今朝見た回収ボックスを抱えたスタッフさんが続く。

「小学生の子たちから取りに来てくださいね」

その言葉に、広場の空気が一気に華やぎ、わっと前に出る子たち。

名前を呼ばれた子たちは、嬉しそうに箱を覗き込みながら自分のスマホや機器を受け取っていく。

スマホを初めて持った日から、こんなに画面を見なかった日なんてなかったから変な感じ。

私も、あからさまにはしないけど、心の中は、やっと見られる!と小学生の子たちと同じ気持ちだった。

しばらくして、高校生組の番になり、私もスマホを受け取った。

半日持っていなかっただけなのにものすごく久しぶりに感じる。

離れたところで「通知ヤバ!」なんて声も聞こえて、私もどれくらいの通知が溜まっているのか気になり、すぐに電源ボタンを押した。

ロック画面に表示されていた通知のほとんどは、ショップやニュース。

ホーム画面を開くと、メッセージアプリの通知が1件。
アイフレの通知が2件だった。

まずメッセージアプリを開くと、通知はお母さんだった。

《キャンプどう?楽しんでる?》

すぐに指を動かす。

《うん。景色が綺麗でご飯も美味しくて楽しい》

メッセージを返信して少し経ったら既読はすぐについた。

そして、お母さんがよく使うクマのキャラクターが、ホッと安心した表情をしたスタンプが送られてきた。

メッセージの通知は、それだけ。

それだけって……。
まるで、他の誰かからのメッセージを期待していたみたいだ。

いや、そうだ。
心のどこかで、雪美や寿々が私への心配のメッセージをくれるんじゃないかと期待していた。

夏休みになって数日が経っているっていうのに。

しかも、私はみんなに嫌いと言い放ったんだ。
もう話したくないに決まっている。

って……。

せっかく、ここで素敵な景色をたくさん見られて、みんなと楽しい交友ができていたのに。

一気に後戻りしたように、ざわついた気持ちが体中にまとわりついて侵食されていく。

こんなんじゃ、意味ないのに……。

なんだか息も苦しくなっていく気がして、すぐにアプリを閉じ、空気のある場所を求めるかのようにアイフレのアプリを開いた。

サラからのメッセージが2件。

《色羽、今日は忙しいかな?》
《新曲の進捗聞きたかったんだけど…!》

私はすぐにサラへの返事を打ち込んだ。

『ごめんね、サラ。実はキャンプに参加していて。今日から二週間、一日一時間、このぐらいの時間にしかスマホを使えないんだ。他の参加者もいるから通話も難しくて』

サラは間を置かずにすぐ返信をくれる。

《そうだったんだ!色羽と直接話せないのは寂しいけど、こういう時間も大事だよね。キャンプは楽しい?》

『うん。始めて会う人たちばかりで初めは緊張したけど、自然の綺麗さに癒されているよ』

《素敵!今回の経験が、きっと、色羽がこれから作る曲にも良いインスピレーションになるだろうね!新曲歌えるのも楽しみにしている!》

『うん。ありがとう!私も、帰ったらサラに歌ってもらえるの楽しみにしてる』

サラの明るいメッセージに、ふっと笑みがこぼれながらメッセージを返す。

気づけばさっきまでまとわりついていた重たさが、少しだけ和らいでる。

私にはやっぱり、サラがいなきゃ────

「牧田!」

聞き慣れた声に名前を呼ばれて振り返ると、有森くんがヤヒロくんに手を引っ張られながらこちらを見ていた。

「牧田、みんなとバレーしない?」

「色羽はダメだ!運動音痴そうだから!詩音がいい!」

え……。

ヤヒロくんのセリフに苦笑いしつつふと辺りを見渡せば、参加者の半数以上が広場からいなくなっていた。

「残りの子たちは体育館。ゲームよりも身体もっと動かしたいみたいで」

と有森くんがまた私の気持ちがわかったように教えてくれた。

「そうなんだ……」

私がスマホに夢中になっている間に、私よりも幼い子たちはスマホやゲーム機を手放して、現実をしっかり楽しもうとしているんだと思うと、とたんに恥ずかしい気持ちに襲われる。

「牧田、俺、泉川さんたちに手伝いお願いされてさ。代わりに体育館行って欲しい!頼む!」

「……え、でも、私なんかより有森くんのほうが運動得意そうだし。手伝いは私がいくから、有森くんが……」

「ダメっ」

普段よりほんのわずか。
彼の声色が強く感じたのは、気のせいだろうか。

有森くんはちょっとだけ目線をそらして、苦笑いを浮かべる。

「ほら、牧田、まだあんまり絡んでない子たちもいるでしょ」

「まぁ……そうだけど」

「てことだから、ヤヒロ、牧田と体育館行ってきて。流しそうめんのときみたいにコツ教えてあげて」

ヤヒロくんは「しょーがねぇーなー」と、どこかまんざらでもない様子で「ついて来い、色羽!」と叫ぶので、私は有森くんの様子が少し気になりながらも、ヤヒロくんの後を追った。

キャンプ初日からはや3日。

私たち参加者は、スマホなしの生活にもだいぶ慣れてきていた。

1時間だけ電子機器が許された自由時間も、今では最初から体育館に一直線の子が多くて。

となりの自習室や図書室で夏休みの宿題をしたり、本を読んだり。

各々、電子機器を使わない時間の使い方をするようになっていた。

中学生のヨゾラくんだけは、3日経ってもいまだにひとりでスマホゲームに夢中だけど……それでも、全体としては、目に見えて変化が出てきていた。

私自身も、スマホを見ていない時間のほうが心が落ち着くようになっていて。

一昨日から、サラとも話していない。

中学生の子たちと一緒にスポーツをしたり、小学生の子の宿題を見たり。

スタッフの方たちの中には、手芸や絵が得意な人たちもいて、その人たちからも色々教えてもらいたいこともたくさんあって。

スマホがなくても、一日はあっという間で、でも今まで味わえていなかった充実感を得ていた。

そして、キャンプ3日目の今日の予定は「ビーチデイ」

月雨草の杜から道を挟んだ向かいにある浜辺まで、スタッフに引率されながら、みんなでぞろぞろと移動した。

そう言えば、夏休みは、みんなで海に行きたいねなんて七果たちと予定を立てていたのを思い出す。

七果たちは、三人で出かけたりしているのかな。
私がいなくても、楽しくしているかも……。

――ギュッ。

左手が握られた感触で意識を戻す。

隣を見れば、初日に一緒に歩いたコモモちゃんがこちらを見ていた。

出発前、コモモちゃんの方から私に駆け寄ってくれて手を握ってくれて、それはそれは嬉しくてにやけを抑えるのが大変だった。

まさか、私に懐いてくれるとは……。
ふみさんが言っていた通りになってて、びっくり。

こちらを見つめるコモモちゃんに、ん?と首を傾げて見せる。

「……色羽お姉ちゃん、この前のコモモみたいにママのこと思い出した?」

「えっ……」

『子どもって、泣きながらでも大人の反応をちゃんと見ているものよ』

前にふみさんがそんなことを言っていたことを思い出す。

もしかして、私、今、自分抜きで楽しんでいるかもしれない七果たちのことを想像して、寂しそうな顔をしていたのかな……。

それを、小さなコモモちゃんに気付かれてしまうなんて、恥ずかしい。

「大丈夫。ふみ先生が言ってたよ。ここにいるみんなは仲間だって。だから寂しくないよ」

そんな優しい言葉をかけられて、思わずグッと喉の奥が熱くなる。

「ありがとうコモモちゃん。元気でた!今日は思いっきり遊ぼうね!」

「うんっ!」

コモモちゃんはぱぁっと花が咲くような笑顔を見せてくれた。

あのときの泣き顔が嘘みたいに、今はもう前を向いて、まっすぐに私の手を引いてくれる。

ほんの数日前まで、お母さんがいないとダメだと泣いていたこの子が、もう誰かの背中を押せるほどに変わっている。

たった三日。されど三日。

こんなに小さい子が経った数日でここまで成長しているんだ。

これまで私は、クラスのグループの輪の外にいることに怯えていた。

居場所がなくなったことが、何より怖かった。
でも今は、ほんの少しだけ、違う気がする。

コモモちゃんの手のひらのぬくもりが、それを教えてくれる。

──私も、変わりたい。

コモモちゃんのように、笑顔で誰かの手を引けるようになりたい。

そう思った瞬間、視界の先が、ふいにぱあっと開け、白い砂浜と澄んだエメラルドグリーンの海が見えた。

「わぁ……綺麗……」

「色羽お姉ちゃん、いこ!」

手を引くコモモちゃんの声に、私はうなずき、砂浜へと走り出す小さな背中を追いかけた。

最高の景色を横に、私たちは砂に足を取られながらも、チーム対抗戦のビーチフラッグやビーチバレーをして、笑いが絶えない時間を過ごした。

ここに来たばかりのときは、汗をかくことも嫌だと思っていたのに、今では大きな声でみんなの名前を呼んだり、夢中で走ったりしている。

そうこうしているうちに、浜辺の一角ではスタッフの方々がバーベキューの準備をすすめてくれていた。

炭火の匂いと、じゅうじゅうと音を立てる美味しいお肉。焼きそばや串にささった色とりどりの野菜たちを、たくさん食べ、みんなのお腹が満たされた時だった。

「……あー、このまま飛び込んだら気持ちいいだろうな」

隣に座っていた有森くんが、海を眺めながら突然そんなことを呟いた。

「飛び込むって、水着じゃないから無理だよ。着替えもないでしょ。さっき、ヤヒロくんたちは足だけ入ってたけど」

「普通ならね」

「え?」

なぜかいたずらっぽく笑った有森くんに首を傾げる。

「普段なら俺だってしないけど。ここは徒歩五分のところにお風呂も洗濯乾燥機もそろってる」

「え、それって……」

そう言いかけた私の言葉を置き去りにして、有森くんはひょいっと立ち上がる。

そして、砂の上にサンダルを脱ぎ捨てた。

「いいか、牧田。一度しか来ない十七の夏だ」

「へっ、ちょっ!」

有森くんは、私の声を無視して、軽やかに砂浜を駆けていった。

その後ろ姿に、みんなが「えっ?」「うそでしょ!?」と声を上げる。

そして――。

バッシャーーン。

豪快な水音とともに、有森くんが海に飛び込んだ。

しぶきが陽にきらめいて、映画のワンシーンみたいに眩しかった。

「まぁ、詩音くん!」

驚いたように声を上げたふみさんだけど、水面からパッと顔を上げた彼が濡れた髪をかき上げる姿を見て微笑んだ。

「やばいっ!めっちゃ気持ち――!!」

なんてこちらに叫んで見せる有森くん。
そんな無邪気な所も隠し持っていたなんて。

ふみさんの隣に立つ泉川さんも

「詩音くん、ずいぶん、頼もしくなったね。あれならきっとこれからも大丈夫だ」

と笑う。

泉川さんのセリフがなんだか気になったけど、周りの賑やか声にすぐにそちらに意識が向く。

「やばっ、ほんとに入った!」「詩音ずりぃ!」なんて子供たちがワイワイ騒いでいる中、いきなりグイッと自分の左手首が掴まれて顔を向けると。

「矢沢さんっ!?」

そこには、さっきの有森くんと同じようにちょっぴりいたずらっぽく笑う矢沢さんの姿があった。

「私たちもいくよ、色羽!」

「え!?」

「ここはやっぱり、最年長が先陣切らないとね~!」

今まで聞いた中で、一番の矢沢さんの楽しそうな声。

有無を言わさず引っ張られて、私はバランスを崩しそうになりながらも、気づけば波打ち際を駆け出していた。

「ひゃっ、冷たっ!」

足元をかすめる波に声が漏れ、自然と笑いがこぼれる。

矢沢さんが勢いそのままに、ばしゃん!と水しぶきを上げて飛び込み、私の体もいつのまにか波にさらわれるように海へと引き込まれていた。

服のままなのに、不思議とそれが気にならない。

むしろ、水の冷たさが火照った身体に心地よくて、笑い声と一緒に、心のなかまで洗われていくようだった。

ひんやりとした刺激が、ものすごく爽やかで気持ちよくて。

水面から顔を出すと、矢沢さんが顔を空に向けて目を閉じていた。

「あーさいっこうだわ」

その横顔がとても綺麗で思わず見惚れてしまう。

すると、彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちたのが見え、思わず息を呑んだ。

でも、悲しみや寂しさとはちょっと違う――吹っ切れたような、温かさが伝わるような涙。

ふと、こちらに視線を向けた彼女とバチっと視線が交わる。

「あ……いや、海水が、目に染みて」

「うん……」

「泣いてないから」

「うん。大丈夫」

「信じてないでしょ」

「綺麗な涙だったよ!」

「だから泣いてないってば!」

そう言った矢沢さんが、むくれて水をぴしゃっとはねかけてきて、それが私の顔に直撃した。

「わっ、ちょっ!」

「ほら、染みるでしょ!」

と楽しそう言う彼女を見ていると、私もそれにつられて子供のような遊び心が掻き立てられる。

「えいっ!」

私もつい水を手ですくって、仕返しするように跳ね返した。

「あ、ちょ、鼻に入るって!」

と矢沢さんがまた水をかけてきた。

再び、私もさっきよりも多めに水をすくって彼女にかけたときだった。

矢沢さんの後ろにいた有森くんにも、綺麗に水がかかってしまい。

私たちは三人で子どもみたいに水の掛け合いをして笑い合った。

「色羽、大人しそうな顔して結構やるね!」

「矢沢、牧田のこと甘く見ない方がいいよ」

「何それ!!先に飛び込んで仕掛けたの、ふたりなのに!」

子どもみたいなやり取りをしながら、笑い合って。

そして、まるでそれが合図だったかのように、近くで様子を見ていた子どもたちが一斉に歓声を上げた。

「ずるーい!お姉ちゃんたちだけ楽しそう!」

「ぼくたちも行くーっ!」

砂浜から駆け出す子どもたちの姿に、私と矢沢さんと有森くんは思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

ほとんどの子たちが海に入った時には、もうあちこちからばしゃんばしゃんと水音が響きはじめ、みんなが夢中になって水かけ合戦を始めていた。

「わーっ、冷たっ!」

「ひゃーっ、服濡れちゃう~!」

「やったなー!もう一発いくぞーっ!」

――こんなふうに、無邪気に笑えたのって、いつぶりだろう。

みんなの賑やかな声が海辺にこだまして、私たちの周りには笑顔が波紋みたいに広がっていく。

照り返す太陽のまぶしさも、水の冷たさも、みんなでわちゃわちゃと笑い合っているこの時間も、絶対に忘れたくない、宝石みたいな景色だ。

海で思いきりはしゃいだあとは、スイカ割りまで楽しみ。

夕暮れが近づく頃には、今日の締めくくりである花火をスタッフさんが用意してくれていた。

空が群青に染まり、色とりどりの手持ち花火が輝く。

細い火花がぱちぱちと弾ける音に、子どもたちは「わあっ」と目を輝かせて、思い思いに火をつけていく。

私は線香花火を手に持ったまま、ある人物を探す。

みんなの輪から少し離れた場所に一人で座り、線香花火をしている人影を見つけた。

私は、彼女の元にそっと歩み寄る。

彼女の手元では、コロッとした火の玉が今にも落ちそうに揺れていた。

「矢沢さん!どっちのが長く持つか勝負!」

「おう!望むところよ!」

私の声にこちらを振り向き、微笑んだ彼女の隣に腰を下ろす。

「さっきね、色羽って呼んでもらえて、嬉しかった。ありがとう。私も藍花って呼んでいいかな?」

ふわりと笑った矢沢さんが「もちろん」と答えてくれて、そのまま話し始めた。

「夏休み……みんなで浴衣着て花火見に行こうって言ってたの思い出してて」

灯る線香花火を見つめながら、静かに話す矢沢さん。

初めて彼女の口から語られるグループとのことに、私は息を潜める。

「あんなことがあって今年は花火は見れないんだって思っていたから、ここでできてよかったなって」

そう話す藍花は、初日よりもだいぶ表情が柔らかくなっていて、初めて見る一面をたくさん見られたなと改めて実感する。

そして、海に向かう時に私も似たようなことを考えていたから、共通点が増えて勝手に嬉しい。

「あ、知ってるよね?私が学校行かなくなった理由」

「……うん。何となく、人伝えに聞いただけだけど。実は、藍花の話を聞いたとき、私、すごく親近感湧いたんだ」

「え?」

「私も、アイフレユーザーだから」

そう打ち明けると、藍花の目が一瞬開かれた。

自分からアイフレを利用していることを人に話したのは初めて。

「あ、もしかして、色羽も誤爆したの?」

「ううん。そうじゃないけど……!」

冗談交じりに言う藍花に私もしんみりならないように笑みを含めて答えて、「実は……」と切り出した。

「七果が限定公開にしていたストーリーが流出しちゃって。愚痴っぽいやつ。その犯人が私だってグループのみんなに疑われて……それで悔しくて、溜まっていた不満を最後みんなにぶちまけて、それから学校行けないまま夏休みになったの。たまたま有森くんにこのキャンプを紹介してもらって、今って感じで」

ざっくりと話し終えるタイミングで、隣の火がぽつんと落ちて消えた。

「あ、私の勝ち!」

と藍花の方を見ると、なぜか固まったまま。

それからゆっくりとこちらを見た。その表情は、不安げで、何かに怯えているみたい。

どうしたんだろう。

藍花が小さく口を開く。

「嘘でしょ……なんで、色羽が疑われるわけ?」

「いや、私も七果への不満が溜まってるときで。ずっとアイフレに愚痴っていたから。それで発散できているつもりだったけど、最後、本音をぶちまけちゃって。結局全然発散しきれてなかったっていう……ハハッ」

夏休み前は、あの日のことを思い返しては絶望していたけど、今は笑って落ち着いて話せる自分にちょっと感動する。

対して、藍花の表情は暗いまま。

「藍花?」

顔を覗き込むように名前を呼ぶと、藍花がゆっくり口を開いた。

「……私なの」

「え?」

「七果のストーリー、流出させたの」

「へ……」

頭が真っ白になった。

聞き違いかと思って、確かめるように藍花の顔を見る。けれど、彼女の表情は嘘じゃないと物語っていた。

「グループでうまくいかなくなって、何もかも嫌になっていた時、七果の限定公開のストーリーが流れてきて……内容見て、あ、これ、きっと間違えて、私のことも限定公開の中に入れちゃったんだって、すぐわかった。そしたらなんか、七果の弱点が握れたと思っちゃって。……今なら、あの時の気持ちを冷静に考えられる。もうどうにでもなれって、とにかく、最悪な気持ちを何かで発散したくてたまらなくて」

藍花は自嘲気味に笑う。だけど、その声はどこか震えていた。

「バレても別にいいって思ってた。七果のこと良く思っていない人もいたし、私のこと信じてくれる子なんて、もういないって思ってたから……。七果のことで、少しでもみんなの話題がそこにそれたらいいのにって。自分を守ることで必死で。でもまさか、ずっと七果のこと優しく見守ってた色羽が疑われるなんて、全然思わなかった……本当に、ごめん……今からでも私、七果にちゃんと……」

私は思わず、片手で藍花の手を包んだ。
その拍子で、私の線香花火の火も落ちる。

「大丈夫。藍花。言わなくていい」

「えっ……なにそれ、私のせいで色羽が誤解されたままなのは……」

みんなと揉めたあと、私も自暴自棄になって、現実の友達なんていらないと思っていた。

自分以外の他人の感情を考える余裕なんてない。

だから、藍花の行動に理解ができる。藍花を責めたいなんて思わない。

あの時は必死で、怖くて、どうしようもなかったから。
でも、今は違う。

「今回のことがなくても、私と七果たちはいずれこうしてぶつかっていたと思うんだ。原因は、流出じゃない。我慢して合わせて無理して笑いながらでも、アイフレに本音をぶつけて、自分の声を全肯定してもらって、うまく切り替えてやれているつもりだった。藍花もそうじゃない?」

今の気持ち、きっと藍花ならわかってくれるだろう。そう思って尋ねれば、彼女がこくんと頷く。

「うん……みんなには自分の本当の気持ちはバレていないって思っていた。誰も傷つけないように耐えている自分は、この中の誰よりも、大人だって、思い上がっていた」

「うん」

分かる、そう思いながら、私も頷く。こんな奥底の感情を共有することができるなんて。

「私の誤爆を見たグループの子たちからさ、私の嫌なところをたくさん上げられて。最初は正直すっごくムカついて、腹が立って。でも、同時に、自分はうまくやれているって、誰からも嫌われないようにできているって思っていた分、みんなにも不満を抱かせていたんだってショックで。なんかもう頭の中ぐちゃぐちゃって感じ」

藍花の話を聞いて、自分の経験とリンクして、目の奥が熱くなる。

孤独は心を不安定にさせる。
でも、私たちを孤独にしていたのは、私たち自身だったかもしれない。

「親にも、学校に行かない理由を何度も聞かれたけど、話せなくて。見かねた父親に、このキャンプに参加するか、スマホ没収のどっちか選べって言われて、仕方なくこのキャンプを選んで。結局ここでもスマホ没収だったんだけど」

と藍花が笑みを含んで続ける。

「でもさ、ここに来て本当に良かった。最初に色羽見た時はほんと焦ったけどね」

「うん。私もびっくりした。藍花のことちょっと怖かったし。髪の毛明るくなってるし」

「それちょっといじってるでしょ」

「えっ!?そんなことないよ!」

「そんな慌てられたら逆に怪しいわ。ま、ここで会わなかったら話さないままだったよね」

「……うん。今日の思い出がなかったかもしれないって想像したら、怖いかも」

私のセリフに「ねっ!」と共感してくれる藍花に、心があったかくなる。

「そう言えば、藍花と七果って、中学が同じだったの?」

「うん。中二の頃に同じクラスになっていつメンだったんだよね」

「え、そうなの!?」

それは七果から聞いたことがなかったので驚く。
そこまで近しい間柄だったんだ。

「最初はノリが合うなーって思ってたんだけど、だんだん七果のわがままと情緒不安定さに付き合いきれなくなってさ。修学旅行の時に私が爆発して大ゲンカ。だから、高校になって同じクラスになっても対抗意識みたいなのがあったのかもしれない」

「そんなことが……」

中学の修学旅行で大ゲンカなんて……楽しい思い出になるはずだった日が苦い思い出になるって、藍花と七果、どっちにとってもきっとつらいことだろう。

「その時のこともあって、もうあんな失敗はしたくなくて、今回アイフレに頼ったの」

「でも、藍花がそう思うのは、もう誰も傷つけたくないって気持ちの表れでもあるよね。動機は、きっと間違ってないよ。誰とでも平和な関係でいたいって」

藍花に向けて言葉を発しながらも、まるでもう一人の自分にもかけてるみたい。

大好きな人とはずっと仲良くいたい。

でも、みんな間違える、完璧な人は誰一人いないからこそ難しい。

「ありがとう。色羽。だよね。私たち、方法は間違えてしまったのかもしれないけど、動機は間違ってなかったって信じたい」

「うん。それにしても、七果は中学の頃から大変だったの?」

私が尋ねると、藍花は少し黙って、話し出した。

「七果、色羽に家の話とかする?」

「ああ……そういえば、あんまりしないかも」

「そっか。七果んち、ちょっと複雑みたいでさ。親が離婚してるってことぐらいしか私も知らないんだけど。七果、中学の頃に一度だけお母さんのこと『あの人、私のこと娘と思ってないし』って言ってて」

お母さんのことをあの人……それに、娘だと思っていないって……。
その言葉に、どんな意味が含まれるのかわからない。

でも、七果が家のことで何か抱えているということはわかる。

「あと、グループの中に、家族めちゃくちゃ仲良い子がいてさ。週末よく家族で出かけてたり、夏休みは旅行行ったりしてて。七果、その話を聞くのをすごく嫌がって……」

あ……そういえば。
今の藍花の話を聞いて、去年の夏休み、七果と夏休みの計画を立てていた時のことを思い出した。

『ごめん七果、9日から、家族で旅行行くことになって……映画、次の週に変更していいかな?』

『あ、そう。色羽んちほんと仲良いよね』

『えー?そうかな?普通だよ。七果は家族と出かける予定ないの?』

『……ない。一生ない』

『え、一生ないって』

『うち、永遠の反抗期だから!』

その時、七果はそう言って冗談っぽく返していたけれどでも今思えば――あの時の「一生ない」って言葉の裏には、諦めが混じっていたんじゃないか。

「相手の言い訳……」

思わず、ふと思い出したふみさんからもらった言葉を思い出して呟く。

「なに?それ」

「あ、うん。ふみさんからこの間教えてもらったの。誰かへの不満が募った時、相手の背景を知る努力をして、言い訳を考えてあげるんだって」

「なるほど……相手の言い訳、ね」

藍花が小さくつぶやいて、少しだけ目を伏せた。

もしかしたら、七果の言葉が強くなるのは……何か、そうせざるを得ない理由があったのかもしれない。

彼女の尖った言い方の裏にあるものが、なんとなく、輪郭を帯びていく気がした。

「ただの性格だって片付けるんじゃなくて、寂しさとか、不安とか、そういうのの裏返しだったのかもしれないって思うと、自然と、責めるより、分かろうとしたくなるかもしれないね。自分がそうなって初めて気付く」

「うん、ほんとそうだね」

藍花の言葉に頷く。

ふみさんが言っていたのはこういうことだったのかも。

人にはそれぞれ背景や信念があるからいろんな人がいる。頭で分かっているつもりだったけど、以前の私は本当の意味でわかっていなかった。

自分ばっかり飲み込んでいるつもりで。

でも、心で相手のことを知るには、ちゃんと向き合わなきゃいけない。

お互いのことを話して、一緒に考え続けなきゃ。

同時に、自分の中の寂しや孤独感が埋められて、初めて誰かのそれに寄り添いたいと思えるんだと実感する。

「もし、もう一度話せるなら……七果に、ちゃんと謝りたい。あのときの自分じゃなくて、今の自分として、ちゃんと……」

「……うん。私も」

『仲間』
コモモちゃんに言ってもらった言葉を思い出す。

……ちゃんと、みんなとまた向き合いたい。もしダメでも、私にはこの場所がある。

ひとりじゃ無理だけど、同じように頑張っている仲間がいると思えると、できるかも、頑張りたいって励まされる。

――いつか、ちゃんと、聞きたい。七果が本当に抱えている本音を。

「あのさ、話全然変わるんだけどさ」

「ん?」

「有森と色羽って、付き合ってるの?」

「ええっ!?ないない!ないよ!」

予想外の問いかけに、顔が熱くなる。
暗くてよかった……。

「でも、一緒にキャンプって……有森の方から誘って来たんでしょ?色羽は好きじゃないの?」

「いや……そういうの考える余裕なくて……」

自分のことやキャンプについて行くのに必死で全然考えても見なかった。

藍花に指摘されて、どう反応していいかわからない。
有森くんのことは、恩人って感じだ。
恋愛的に好きとかそういうのはわからない。

「すでに恥ずかしいところたくさん見られてるし、有森くんもそういう感情ないと思うよ」

「ふーん。そうかそうか」

藍花はなぜか楽しそうな声を出す。

「藍花?」

「次は有森とふたりで線香花火しな!」

そう言って突然立ち上がる藍花。

「え、ちょ、急になに!」

「あれ……有森どこ行った」

私の声は無視して、みんなの輪の中を見つめる藍花。
そういえば、有森くんの姿を見ていない。

「ちょっと泉川さんに聞いてくる!」

藍花が駆け足で泉川さんのところに向かい、少し話してからこちらに戻って来た。

「有森、ちょっとはしゃぎすぎたのか先に部屋で休んでるって」

「あ、そうなんだ」

ちょっと心配だ。

「何しゅんとしてるの」

「し、してないよ!」

藍花は、有森くんと私のことを冷やかして楽しんでるけど、私と有森くんがどうにかなるなんて、ありえないよ。

あんな人気者、私が隣にいるのは不釣り合いだ。
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