この道の行く末には。
誠
白く染まる息が、散らばった。
冷たい空気の中、通学路を進んでいく。
藍色のコート、制服のブレザー、黒いセーター。
重ね着を繰り返しているため、腕時計を確認するのさえ一苦労な季節。冬。
ごつごつしたデザインのモスグリーン。
時刻は07:59を表示していた。
「誠、」
捲った袖を戻した所で、聞き馴染みのある声が後から届く。
振り返り、立ち止まった。
相手が隣に並んだと同時に、また歩みを進める。
「遅刻じゃないとか久しぶりだな、司。」
「まあ、最後ぐらい、な。」
家族からの話と家に眠るアルバムによれば。物心付く前から肩を並べ成長を共にしてきたこの男との関係性は、腐れ縁と表しても異論はない。
幼小中高全て同じ学校に通い、さらには家族ぐるみで付き合いのあるご近所さんであるが故に。
「てか、さっむ。今日のこの異常な気温は罰ゲームだ絶対」
「……だな。」
愛用しているカーキー色ミリタリージャケットの両ポケットへ、それぞれ手を突っ込み肩を縮ませた司。
理解不能な例えに眉間が寄るも、指摘するのは面倒だった。ので、さらっと受け流す。大人な対応で。
周りに存在している閑静な住宅街。どこからか、小さな子どもと両親らしき大人による3つの笑い声が聞こえた。
「おい、」
「なに」
「今『誰がそんなこと仕掛けんだよ馬鹿かこいつ』とか思ったりしてる?」
「────いや、そこまでは思ってない。」
「はあ…………やっぱりな。」
そんな幸福感溢れる朝の情景も、司には関係ないらしい。
呆れた息をひとつ深く吐き出し、やれやれとでも言いた気に重たく首を振っている。
「誠の図星付かれた瞬間って分かりやすすぎんだよな……」
「……どの辺?」
「なんつーか────間?」
「ま?」
「大体いっつもお前は、」
長くしかならなそうな予感たっぷりに始まった文句をスルーして、何重にも巻き付けてあるダークグレーのマフラーに鼻までを埋めた。
そっと、空を仰ぐ。
色の薄い青が、遠くに感じ。
晴れていても、どこか灰色を連想させるこの時期の朝。
どうしてなのかは、分からない。
「あーあ……もう卒業決まってんのになんで学校あんだろ」
「今まで真面目に通ってなかっただろ?だるそうに言うなよ。最後ぐらいちゃんとしとけ。」
「うーわっまじ萎えるーまじ白けるー」
似た格好、同じ制服を着た人々が増えてきた正門前。今年1年で遅刻欠席なしという快挙を成し遂げた身からすれば、唐突で理不尽な嘆きに呆れて注意する。
のらりくらりと生きるこの男には伝わらないらしいが。
それどころか、嫌味たらしく全力で歪めた顔を向けられた。
「……なんだよ」
「誠くん誠くん。そんな細かいこと、どーでもいいんだよど・う・で・も!」
「あっそ」
「そんなんじゃな、今の世の中器用に渡っていけねーよ?相変わらずくそ真面目な男だなほんと」
「うるせーな」
「はいはいはいはい」
「てかなんであんなにさぼってたヤツが卒業まで漕ぎつけてんだよ。奇跡の快挙じゃねーか」
「うるせーな」
気がつけば、司と同じよう眉間に皺を寄せていた。
思い切り、痕が残りそうなほどに。
同じ表情で顔を見合わせ、お互いがお互いに悪態つきながら歩く。という奇妙なやりとりは、校舎内に入ってもしばらく続く。
それでも俺たちの繋がりは、途切れることなく続いてきた。
それは、これからも変わることなどないだろう。
きっと、永遠に。
くだらなく笑える、2人のまま。
今日は2月、最後の1日。
高校生活最後の登校日。
明日は3月、最初の1日。
俺たちは、卒業を迎える。