この道の行く末には。



朝起きて学校へ行きクラスの奴らと会話し授業を受け、放課後はそれなりに遊び……高校生になってからはバイトに向かったり、と。基本的な日常が流れ落ちていく時間のやり過ごし方は、義務教育が始まった当初からほとんど変わらない。

何年も、何年も。
ずっと、変わっていなかった。

卒業式の予行演習が終わる。
暖かくどこかしんみりとしたホームルームも終わる。

それでも、帰りがたい雰囲気漂う教室内からクラスメイトが消えた、放課後。



下級生たちの部活もなく、静かな校内をひとりで歩く。

そして、目的の【図書室】へと足を踏み入れた。

貸し出しカウンターに座る、ひとつの小さな背中以外は、誰もいない。まあ、放課後ならいつもの光景だった。


世間でも人気の作家の新作が立ち並ぶ手前から、地元の歴史書が並ぶ奥の奥まで、ゆっくりと見渡していく。

深く視界を閉ざして、ひとつ、大きく深呼吸。


ここも最後か、なんて。いちばんのお気に入りの場所だった図書室を満喫するために、足を進めた。


ふと、気配を感じたのか図書委員なんだろうひとりが振り返る。





目が、あって。

時が、止まった。

なぜか、そんな気がした。






そこにいたのは、今どき珍しいマンモス校だと呼ばれる我が高の中で、いちばんの有名人。

木ノ下美衣。


この場所に通う者なら、知らない訳がない。周りから群を抜いて可愛いと称されている、彼女を。

俺も例外ではなく、知っていた。学年によって教室がある階は違うから、面識はないけれどそれでも。知ってはいた。その、存在を。

「(………………?)」

ただ、それだけなのに。
そのはず、なのに。

木ノ下美衣は、とてつもなく強い決意のこもったような、よどみのない視線を向けてくる。

ただ意味は解らない。
何の反応も、示せない。



それでも。

木ノ下美衣は、一瞬。

ほんの、一瞬だけ、



泣きそうな顔で、微笑んだ。

そしてまたすぐ、視線は逸らされる。




「っ、」

なんだ、これ。今の。

…………気のせい、か。


理由は分からない。

分からないけれど、いたたまれない気持ちになって、足早に図書室を後にする。


窓の外は、もう薄暗い。
まだまだ春は遠そうだとか、どうでもいいことでまとわりつく考えを振り切っていく。





木ノ下美衣に泣きそうな顔で微笑まれたとき、心臓を鷲掴みにされたような痛みが体中を駆け巡ったこと、とか。

────どうした?
────大丈夫か?

木ノ下美衣の苦しみを取り除いてやりたいと思い、無意識の内に声をかけそうになったこと、とか。

全部全部、考えすぎだ。



だって、




木ノ下美衣との関係に、名前などあるはずもない。

そんなこと、記憶の中には存在していないのだから。





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