双つの恋、選んだのは君だった
――――



合宿最終日の朝は
少しだけ肌寒かった

荷物をまとめて宿を出ると
海風が髪を揺らす

「楽しかったね」

樹先輩がふわっと微笑む

「……はい」

思わず自然に返事がこぼれた

「帰り道、少しだけ遠回りしてもいい?」

「……え?」

「せっかくだしさ。もう少しだけこの景色見たくて」

ふたり並んで海沿いをゆっくり歩いた

波の音だけが静かに響く

……なんだろう

この静かな時間が
妙に心臓を落ち着かせない

昨日、あの話をしてから
なんとなく樹先輩の隣が少し違って見えた

ふと、樹先輩が口を開いた

「紬ちゃんが書いた物語、ほんとに素敵だった」

「……そんな…」

「本当だよ」

「高校生であんな風に誰かの気持ちを描けるのは、簡単じゃない」

その言葉に
また胸がきゅっと鳴る

「…嬉しいです」

わたしは小さく呟いた

しばらく沈黙が続いて

それでも居心地は悪くなかった

風がまたふわっと吹き抜ける

その瞬間――

「紬ちゃん」

樹先輩の声が少しだけ柔らかくなった

「俺……なんだか今、すごく不思議な気持ち」

「え…?」

「前から”話しやすい子だな”って思ってたけど
今は……もっと特別な感じになってる気がして」

心臓が跳ねた

(……それって…)

でも言葉が出なかった

樹先輩はふっと苦笑する

「ごめん なんか変なこと言ったね」

「……い、いえ…」

波の音がまた静かに響く

心臓の音も一緒に鳴ってた

(……わたしも、なんだか…)

(最近、先輩のことを考える時間が増えてる気がする…)

でもまだ――

この気持ちに
名前はつけられなかった
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