アルト、花火を体験する【アルトレコード】
 夏のある日、研究室で仕事がひと段落して息をついたときだった。
「ねえ先生」
 動画を見ていたアルトが私に話しかけて来た。

 今日は北斗さんもニュータイプ研究室で仕事をしていたので、いつもは元気いっぱいなアルトも大人しく勉強をしてくれていた。

 彼のいるディスプレイの中では美しい花火が夜空に打ち上がっている。国語の物語に花火が出て来たので、花火って何? と聞いた彼のために動画を見せたのだ。音はアルトにしか聞こえないように設定されている。

「先生は花火を見たことある?」
「あるよ」
 小さい頃、家族で見に行ったことを思い出す。お母さんに浴衣を着せてもらい、すごくはしゃいでいた。出店でわたあめを買ってもらって、かじりついたらわりばしからすっぽぬけてすごく驚いた。それを見て笑ったお父さんに「なんで笑うの!」と怒った記憶がある。

「楽しかった?」
「うん。屋台で買った物を食べたり、輪投げをしたりしたのも楽しかった。でも一番はやっぱり花火だな。近くで見たときに衝撃で肌が震えて、花火って感触まであるんだって驚いたの。火薬の匂いがして、それも臨場感があったな。花火って五感で楽しむんだなって思ったよ」
 味覚だけは屋台の味だけど、というのは心の中で続ける。

「いいなあ。ぼくも生で見てみたいな」
 アルトはそう言ってから、ねだるような目で私を見た。
 私はとっさに目をそらす。

 アルトにおねだりされると弱い、と彼に学習されてしまっている。だけどこれは許可する北斗さんも悪い、と内心で責任転嫁する。
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