クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい

 宗一郎とのお試し同棲生活は十二日目。
 仕事をしながらこれまでとは全然違う生活を送り始め、互いの気持ちも安定してきていた頃。
 会社のオフィスで変わらず仕事をしていた撫子の元に同級生の関本から『今夜、空いてるか?国見組の仕切りで懇親会がまたあるんだが』と私用の方のスマートフォンにメッセージが入る。
 その文面を読んでいる内に『少し年齢が高めの奴らだから宗一郎と来るか?あとこの前の話の続きと詫びもしたい』との追加のメッセージが入った。

 場所は以前に撫子が国見隼人本人から改装の仲介を頼まれて直したホストクラブで、と比較的落ち着いた飲み会だそう。
 それに『この前の話の続きと詫び』と言う文面に撫子の興味が湧く。宗一郎も誘って、とのことなら断る理由もないし夜は二人で過ごすだけなので宗一郎も快諾するはず。
 折り返しのメッセージの前に宗一郎に「関本君に今夜みんなで飲まないかって誘われてるんだけどどうする?」と電話を掛ければ快諾の声。

 「宗君の方の予定が終わり次第なら私はその辺で軽くご飯してから行くね。その方が時間合うでしょ」

 宗一郎と現地集合を約束した撫子はオフィスチェアに座りながらうーんと両腕をあげて伸びをする。その表情は好奇心交じりで口元が少しにやけていた。関本と内縁の妻のあれから、と言うのは正直気になるし自分たちも関本に対し良い知らせを揃って伝えられる。

 そうとくれば夕飯どこにしよっかなー、と撫子はそのままスマートフォンをタップし始める。国見の持ち物のホストクラブなら場所も何もかも分かっているので周辺の飲食店を軽く検索するが撫子は一応、まだ仕事中の身である。

 ガラスの壁の向こう側では従業員が「今日の社長なんか機嫌良いな」とうわさ話が立っていた。それから二時間ほど。そろそろ仕事の時間も終わりのあたりで撫子は再び軽く検索を掛け、目星をつけていた飲食店に寄る気で片づけをしているとまた一つ、メッセージが入る。
 その通知音が鳴ったのは私用ではなく仕事用のスマートフォンだった。

 送って来たのは光岡令士。
 今夜、国見組主催の自分たちのような世代向けの集まりに撫子が来るかどうかを伺う内容だった。どうやら光岡も誰かから誘われていたようで撫子は先日のディナーについて軽く触れつつも出席をする意思を彼に送り返してしまった。
 確かに極道の世界の仕事、シノギについて大っぴらに複数人と話しこんだりできる機会は早々ない。撫子もそれが博堂や国見組の方針なのだろうと軽く考え、流してしまう。

 誰かに聞かれると不味い話も国見が持つホストクラブの黒服たちならば口は堅い。それだけカネも支払われているし、国見組を裏切ることなど不可能に近い。何かをやらかせば彼らの持つ情報網で国の端まで追いかけられてしまう。
 ホストクラブ自体も大型店舗ではないので三十代くらいからの者たちが集まって飲みながらシノギの話をするならうって付け。改装の際に座り心地の良いソファーにも変えている。小さい卓のソファーはより密接度が高い独立した三人掛け。ちょっとおしゃれなレース地のカバーを付けたり、統一感を持たせつつ卓によって飽きないように色々と変えていて……。

 よっぽど聞かれたくない話をするなら半個室もある。以前、撫子が国見から店舗改装の相談を受けた時に若い女性から怒鳴り散らされた経験から薄めのスモークガラスで良い感じに間仕切りがしてあるのでクラブ内の雰囲気を楽しみながらゆっくり飲める丁度いいプライベート空間が出来ていた。

 (さて……ちょっと早いけど夕飯のラッシュ前に)

 適度な外食は宗一郎に料理を振る舞う参考にもなるので撫子は仕事用のバッグに荷物を詰め込み、帰り支度を整える。
 自分でも気軽に作る事のできる料理となると大衆チェーン店のメニューになるが撫子の合理さを求める性格は料理の金額などについてあまり頓着していなかった。何より提供されている料理は企業努力の結晶。
 会食が無い日、自分の意思で選べる時の撫子はどんな物でもまんべんなく食べる。

 (それってもしかしたら何でも食べるっていう宗君の考えと似てるかも。でもそうよね……挨拶まわりが多い時とか連続で同じ物とかよくあるし)

 ふふ、と勝手にちょっと嬉しくなっている撫子はミニから揚げと雑穀米の小盛ごはんと、とごく庶民的なチェーン店に向かう為にヒールを鳴らす。

 「今日このあと予定が入ってるから後、お願い」
 「じゃあ明日はリモートっすね~」
 「うん。いつも任せちゃってて……ありがとね」

 ごめんね、と言うのが今までの撫子だった。
 いくらお昼にと弁当を定期的に手配しようともその行為と今の言葉の意味の確かな差に馴染みの社員は少し驚く。そうとくれば彼女は許婚の宗一郎といよいよ籍を、と勘付いた。

 「明日、なんなら休みにされても」
 「うん。どちらにせよ連絡は必ずするね」
 「ッス。お疲れ様でーす。と言うかまだ仕事のようなモンですよね」

 いってらっしゃい、と送り出してくれる従業員たち。
 さぞや今夜の撫子は豪勢な夕食……かと思いきや、こつこつと小さくご機嫌な音を立てるヒールはタクシーを掴まえて最寄りの場所に赴くとどこにでもある定食チェーン店に入って行った。

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