血でつながる恋がある〜この痛みごと、好きだと思った〜

5話 告白。そして

 おばちゃんの店を飛び出した私は、ほとんど駆け足で街を抜けた。
 胸の奥にぽうっと火が灯ったようで、止まっていられなかった。

 「突撃、だよね……!」

 頬が熱い。鼓動が早い。息も切れそうだ。
 でも、不思議と怖くはなかった。

 (ゼアルに、会いたい!)

 もう、それだけだった。

 そして、何度も来たことのあるその扉の前で立ち止まる。
さっきまでの勢いが、急に静かになって、心の奥に波紋を落とした。

 (ゼアルに……なんて言おう)

 迷ってる時間なんてないはずなのに、手が震えていた。
 けれど、震える手で扉をノックした。

 「……ゼアル!」

 ノックに応じて、カチャリ、と扉の鍵が外れる音がした。
 少しだけ開いた隙間から、ゼアルが顔を覗かせる。

 一瞬、目が合った。

 ゼアルの赤の瞳が、驚いたように見開かれる。けれどそれもほんの一瞬で、すぐに視線を逸らされた。

 「……まだ、連絡してないだろ? なんで来た」

 低く抑えた声が、少しだけ苦しげだった。

 「え、えっと……」

 言葉に詰まる私を前に、ゼアルはそっとため息をつく。

 「……今は、来なくていいって言ったはずだ。用があればこっちから連絡するって」

 突き放すような声。それでも、私は引かなかった。目を伏せて、小さく、でもはっきりと声を出す。

 「わかってる。でも、我慢できなかったの……」

 ゼアルの手が、わずかに扉の縁を握りしめる。
 そして数秒の沈黙のあと――扉が、静かに開かれた。

 「え?」

 「入りな。言いたいことがあるから、わざわざ来たんだろ?」
 
 からかうように言うゼアルの顔は、ほんのり赤かった。
もう、私が何を言おうとしているのかも、わかっているみたいだ。

 「じゃあ、お邪魔します……」

 私の体が完全に玄関に入ったのを確認すると、ゼアルはドアを閉めて、鍵をかけた。そして私に向き直ると、身をかがめて目線を合わせてくる。

 「ゼ、ゼアル、私……」

 勇気を振り絞って言おうとしたその瞬間――
 ゼアルの手がふいに伸びてきて、私の口をふさぐ。

 「っ!?」

 驚いて目を見開くと、ゼアルはすぐそばで、いたずらっぽく、でもどこか優しい目をしていた。

 「……その先は、地下室で聞かせてくれるか?」

 ぽつりと、耳元で囁くように言うその声に、心臓が跳ねる。

 「えっ……え、地下室……?」

 赤くなる顔を隠すようにうつむくと、ゼアルは小さく笑って、私の手を取った。

 「俺の研究部屋、まだちゃんと見せてなかったろ。そこでゆっくり、話そう」

 そっと握られた手は、熱を持っていた。

 (やっぱり、好き……)

 そう確信しながら、私はゼアルの背に続いて、静かな階段を降りていった。


 地下室は、いつもと変わらず私達を迎える。空気は冷たいはずなのに、緊張と興奮から熱くなっている私には心地よかった。

 部屋の中央でゼアルは立ち止まると、ゆっくりと私の方を向いた。

 「さて……続き、聞かせてくれるか?」

 「う、うんっ!」

 そう答えて、大きく息を吸い込むと、想いを告げる。     
 
 「私……ゼアルのこと、好きなの!」

 一度止まろうと思ったのに、口がひとりでに動く。

 「最初は変な人だなって思ってた。でも、ゼアルは優しくて、気遣ってくれて……。気づいたら好きになってたの。だけど、この気持ちをどう現したらいいのかわからなくて。だから「しばらく来なくていい」って言われた時は、悲しくて、寂しくて――」

 ゼアルが一歩前に踏み出した。かと思うと、私の体は胸元に引き寄せられていた。 背中に優しく彼の手が回る。

 「……嬉しいよ、リィス」

 胸元でそう囁かれて、私はぽかんとした。

 「え……?」

 「君に好かれるなんて、思ってなかった」

 ゼアルの声は低く、でもどこか震えているようだった。

 「最初は、面倒なだけだと思ってたんだ。明るくて、人懐っこくて、ちょっとお節介で……」

 「お節介!? そんなつもりなかったんだけど……」

 「でも、気づいたら……ずっと目で追ってた」

 ゼアルが私の背中に回した手に、少しだけ力がこもる。

 「俺は、普通の人間じゃない。君と一緒にいる資格があるのか、ずっと悩んでた。だから、突き放した。でも……」

 ゼアルはゆっくり顔を上げ、私をまっすぐ見つめた。

 「それでも、こうして来てくれたのが、嬉しくて仕方ない」

 その言葉に、胸がきゅっとなった。

 「ゼアル……普通じゃないって、どういうこと?」

 少しの沈黙のあと、ゼアルは目を伏せて、口を開いた。

 「……人と違う“血”を持ってる。それが何なのか、まだ話す気にはなれない。けど――それでも、俺を好きって言ってくれるのか?」

 私は、迷わなかった。

 「うん。どんなゼアルでも、好きだよ」

 真っ直ぐに答えると、ゼアルの目がふっと揺れて、それから柔らかく細められた。

 「……ほんと、どうかしてるよ、君は」

 そう言って、彼はそっと私の頬に触れ、ゆっくりと額を合わせてきた。

 「でももう……拒めそうにない」

 地下室のひんやりとした空気の中、彼の体温だけが、やけに温かかった。
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