血でつながる恋がある〜この痛みごと、好きだと思った〜

9話 血の境界線

「……待って……」

 けれど私の言葉を聞いたゼアルは、どこか決意したような顔をしていた。
 視線を逸らす私の肩に、彼の手がそっと触れる。

 「俺は、もうずっと待ってたんだ」

 その声には、どこか震えがあった。
 苦しそうな吐息が肌にふれて、心臓が跳ねる。

 怖い。でも、逃げられない。
 ゼアル自身が、何かに怯えている気がした。

 「……でも、あっ……」

 そのとき、不意に首筋にあたたかな感触が走る。
 驚きと戸惑いの中で、私は彼の名を呼んだ。

 「ゼ、ゼアル……っ」

 掴まれた肩から伝わる熱に、身体がすくむ。
 それでも私は、ゼアルを拒めなかった。


 どれぐらい経ったのだろう。ふと、ゼアルの動きが止まった。私の首から少し顔を離して、はっきりとわかるほどに全身を震わせている。俯いているせいで、表情は見えなかった。

 「ゼアル……?」

 「……お、俺はっ……」

 ゼアルが少しだけ顔を上げる。赤い目の揺らぎは消えていた。
まるで子どものように怯えきっていて、今にも泣き出しそうだ。

 「ゼアル、私は大丈夫――」

 「ごめんっ、リィスッ!」

 早口に言うと、ゼアルは慌てて私から手を離して地下室に降りてしまった。バタンとドアの閉まる音が大きく胸の奥に響く。

 「ゼアル……」

 追いかけようとは思わなかった。もし、そうしてしまえば、さらにゼアルを追い詰めてしまうような気がしたからだ。

 大きく息を吐いた瞬間、私はペタンと床に座り込んでしまった。張り詰めていた糸がぷつりと切れて、足に力が入らない。
 ぐっと堪えていたものが、一気にあふれそうになる。

 私は、ゼアルを受け止めたかった。隣にいたいって、そう言ったのに。

 「……怖かった……」

 言葉にした瞬間、目の奥がじんと熱くなる。ギラギラと妖しく光る目や、肩に食い込んでいたゼアル指の感触を思い出して、ぶるりと震えた。
 泣くつもりなんてなかったのに、涙が溢れてくる。


 ひとしきり声を抑えて泣いてから、再び席についた。
 湯気を立てていたパンやスープはすっかり冷めてしまっていた。それでも捨てるのはもったいないので、黙々と口に運ぶ。
目の前の空いている席をなるべく視界に入れないようにした。

 食べている間に、ゼアルが戻って来てくれるかと期待したけど、地下室のドアが開くことはなかった。

 完食して、空いたお皿を流し台に持ってゆき、洗う。
せめて、片付けだけはしておきたかった。

 「私が今ここにいても、ゼアルが落ち着かないだけだよね……」

 帰る前にドア越しに声をかけたけど、予想通り反応はなかった。
 胸に大きな穴が空いたような気分で家を出る。

 また、私とゼアルとの間に分厚い壁ができてしまった。
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