血でつながる恋がある〜この痛みごと、好きだと思った〜

10話 分厚い壁と、来訪者

 分厚い壁ができてから、7日目が過ぎようとしていた。
ゼアルを訪ねようと何度も思ったけど、また取り乱させてもいけないのでやめておいた。
また、ゼアルの方から連絡がくるのかと期待していたけど、それもなかった。

 「やっぱり、嫌われちゃったのかな……」

 朝、ご飯も食べないままベッドに寝転んで、口に出す。
2、3日は気分の落ち込みだけで済んでいたのが、最近は食欲もわかないし、何かをしようという気も起こらなかった。おかけで室内は脱ぎ捨てた服と、ゴミが散乱している。
 私はただ、1日をダラダラと過ごしていたのだ。


 だけど、ゼアルは私のことが嫌いになったのではなく、自分を責めているのだと思う。罪悪感から私に会おうとしていない、という予想はなんとなくついている。

 「でも、やっぱり会いたい……!」

 ちゃんと会って、話して、笑い合えるような関係に戻りたい。
 だけど、私からゼアルに会ってもさらに壁が高くなりそうな気がして、結局そのままだった。

 「はぁ…………」

 思わずため息をついた。このまま2度とゼアルに会えないのだろうか。

 「会いにいけばいいじゃないか」

 「え?」

 室内に響いた男の声に、バッと身を起こす。しかし見回してみても、私以外に人影はない。

 「だ、誰かいるの……?」

 「上見てよ、上」

 言われるがまま上を見ると、ランプの紐に黒いコウモリがぶら下がっていた。確かに場所的にもそこから声が聞こえる。

 「コ、コウモリが、喋ってる……?」

 「コウモリになりきってるだけさ。本当の姿は、こっち」

 コウモリは紐から足を離したかと思うと、白煙に包まれる。
それが晴れると、高級そうな紫色のローブに身を包んだ金髪橙目の男が立っていた。

 「ふ、不審者っ!?」

 「あー、気持ちはわかるけど落ち着いて、ね?」

 声を上げる前に口を塞がれてしまう。しかし男は脅すような仕草を見せるわけでもなく、逆にウィンクしてきた。

 「大丈夫、怪しい者じゃないよ。僕は、ゼアルの……友達だ」

 「友達……?」

 「うん。カミーユって言うんだ」

 カミーユは私の口から手を離して、にっこりと微笑んだ。
 頭の中で噛み砕いてから、整理する。
友達ということは、今のゼアルのことを知っている可能性が高い。
 
 「ゼアルは!? 元気なんですかっ!?」

 思わず詰め寄った私にカミーユは目を瞬かせて、次の瞬間、ふっと吹き出した。

 「ははははっ! 本っ当にラブラブだな、君たちは!」

 「ラ、ラブラ……! そ、そんなっ……!」

 「うんうん、照れるとこも可愛いなあ」

 楽しそうに肩をすくめながら、カミーユはやんわりと言葉を続ける。

 「……あいつも、同じことを言ってたよ。
 “リィスは元気だろうか”“嫌われたかもしれない”“でも、会ったらまた怖がらせるかもしれない”って」

 「そ、そうなの……?」

 「うん。だから、僕が代わりに来たんだ。……君に、伝えたくてね。あいつの気持ちを」

 カミーユは一度言葉を切ると、少しだけ表情を改めて言った。

 「……あいつが、暴走したのを見たんだろう?」

 暴走。赤い目をギラつかせながら迫ってきた姿を思い出して、体がピクリと反応する。

 「正直、どう思った? 怖かったかい? ……それとも、もう、無理だって思った?」

 優しげな声だけれど、そこには嘘を許さないような静かな圧があった。
 問い詰めるわけではなく、ただ私の気持ちを、真正面から受け止めようとしている声音。
 
 「正直……怖かったです。でもっ!」

  思わず、声が上ずる。

 「私、ゼアルの隣にいるって言ったのに、怯えちゃって……そんな自分が、許せないんですっ!」

 まくしたてるように言った私を、カミーユは黙って聞いていた。
 何かを遮ることもなく、頷くこともせず、ただ真っ直ぐに。

 「だけどっ、ゼアルのこと、嫌いになったわけじゃないんです!ただ、怖くなっただけで……。できるなら、また一緒に居たいんです!」

 私がすべてを吐き出し終えた後、ふっと目を細めて、優しく微笑んだ。

 「うん、それでいいんだよ。……君が、ゼアルと一緒に居たいってことは、よく伝わった」

 優しく言われて、認めてくれた気がして、私の目にぽろっと涙が浮かぶ。

 「だけど――」

 カミーユの声が、すっと引き締まる。

 「今すぐ会うのは、やめておいた方がいい。僕だって、本当は連れていきたいくらいさ。……でも、あいつの心もまだ安定してない」

 彼は少し笑って、ローブのポケットから何かの手紙を取り出して見せた。

 「あと数日だけ、僕が間に入るよ。君とゼアル、両方の話を聞きながら、ちゃんと準備をして……そのときが来たら、必ず会わせる」
< 10 / 12 >

この作品をシェア

pagetop