ネオンー教えてくれたのは"大人な恋"ー
__静かな部屋の中
温かい飲み物の湯気だけがゆらゆらと揺れていた
目の前にいる飛悠は
いつもと違って、ほんの少しだけ表情が柔らかかった
私はカップを両手で包みながら
そっと口を開いた
「…お母さんとさ、ちょっとケンカしたの」
「…うん」
飛悠はゆっくり頷くだけで
無理に何も聞いてこなかった
でも、その優しさが逆に胸に刺さった
「昔からあんまり干渉してこなくてさ」
「…」
「何してても自由だったけど、最近急に色々言われて…今さらって感じ」
言葉に出してから
少し喉が詰まった
──ほんとはずっと寂しかった
誰もちゃんと私を見てくれない気がしてた
学校の友達も
付き合った男の子たちも
家族も
全部うわべだけで
本当の私を見てくれる人なんて、誰もいなかった
だから──
「…飛悠くんだけだよ」
思わず言葉が漏れた瞬間
心臓が痛いくらいに跳ねた
飛悠は少しだけ驚いた顔で私を見ていた
「……俺だけ?」
「…うん」
小さく、でも確かに頷いた
言いながら
自分でももう抑えが効かなくなってきてるのが分かった
「ほんとは…わかってるよ」
「ん…?」
「ダメだって…こんなの、ダメだって」
震えながら笑った自分の声が
妙に遠く感じた
「高校生なのに…子供なのに…」
「……」
飛悠は静かに私を見つめたまま動かなかった
けどその瞳の奥で
ほんの僅かに何かが揺れているのが分かった
──でも、止まれなかった
「…でもさ、私もう止まんないよ」
気付けば
ソファの隣にそっと体を寄せてた
肩が触れる距離
すぐ目の前に、飛悠の横顔がある
息が触れるくらいの距離に
飛悠は何も言わずに
ただ静かに私の目を見ていた
緊張で喉が詰まる
手が震えてくる
けど、それでも離れたくなかった
「……」
心臓が今までで一番
苦しいくらいに高鳴ってた
肩が触れたまま
私たちはしばらく何も言わなかった
飛悠はじっと私を見つめ続ける
私は、ただその視線を受け止めることしかできなかった
──こんなに近くにいるのに
触れてこない
触れてこないのに
この距離が
逆に苦しくなる
胸の奥が
もうどうにかなりそうだった
「…ねえ」
震えた声で呼んだ
「ん…」
「…ダメ?」
自分でも
何を聞いてるのか分からなくなるくらいだった
飛悠は少しだけ苦笑した
「……ダメだよ」
でもその声は
今までみたいな余裕のある”大人の返し”じゃなかった
低く
どこか自分に言い聞かせてるような声だった
「…なんで?」
「玲那は…まだ高校生だろ」
「…でも」
涙が滲んでくるのを感じた
苦しい
止まらない
「…もう止まんないんだよ」
「……」
飛悠はほんのわずかに顔を伏せたまま
ギリギリの呼吸をしてた
「正直さ」
低く抑えた声で呟く
「今…この距離で、お前にそう言われて…何も感じてないわけないよ」
その一言に
心臓がバクバク跳ね上がった
「でも」
飛悠はゆっくり顔を上げて
真っ直ぐ私の目を見た
「俺は大人なんだよ」
「……」
「俺が一線超えたら──お前は、ただの被害者になる」
苦しそうに、でもはっきり言った
──優しかった
優しいのに
すごく苦しかった
「…でも私…被害者なんかじゃない」
震えた声が
涙混じりに漏れていく
「好きなの…」
「玲那──」
「…ずっと…飛悠くんしかいないのに…」
もう抑えられなかった
私はそのまま飛悠の胸に顔を埋めた
震えた指が
彼のシャツを握り締める
飛悠は
しばらく何も言わずに
私の髪にゆっくり手を置いた
「……わかってる」
低く
優しく
苦しそうに
「でも…今は、ここまでだ」
その手が
ゆっくりと私の背中を撫でてくれていた