敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
「……ええ、少しだけ」

 おそるおそる、相手の反応をうかがうように答える。

 セレスは感情を見せないまま、「ふうん」とだけつぶやいた。しかし、その声音には何か言葉にできないさまざまな感情がないまぜになっているようで、彼女をよく知らないティナはその真意をはかりかねた。

「それだけ……?」

 カタリーナから聞いて、確かめに来ただけなら、もう用は済んだはずだ。ティナは落ち着かなくて、すぐにでも立ち去りたかった。

 三歳年下のセレスは、ティナよりも背が低く、お人形のように愛らしかった。面差しは母親のカタリーナに似ているが、髪や瞳の色はまったく違う。茶髪茶目のカタリーナには似ても似つかない、黄色味の強い金髪に、澄んだエメラルドグリーンの瞳。セレス自身が宝石であるかのような煌めきがあり、それに負けない豪華なドレス。ティナは彼女の前に立つと、途端にみすぼらしくなる。

「意外だったから」
「話せるようになるなんて思ってなかった?」

 声が出なくなったのは、十歳のときだった。それまでは、セレスとおしゃべりすることもあったが、決して仲の良い姉妹だったわけではない。

 カタリーナは公爵家へ来たときから、ティナを煙たがり、セレスに関わる彼女を日常的ににらみつけていた。いま思うと、エレオノーラの面影を持つティナがうとましくて仕方なかったのだろう。そして、最愛の夫であったロシュフォール侯爵と同じ髪色、同じ瞳の色を持つ、愛らしいセレスに期待をかけていた。

 我が子を王太子妃にと願うカタリーナにとって、よりその座に近い位置にいるであろうティナはまさしく、邪魔者でしかなかった。

「正直、驚いたの。私がいる限り、きっと声なんて出ないと思ってたから」

 セレスの告白に、ティナは少なからず驚いた。

「あなたのせいだって思ってたの?」
「違うの?」

 責めるようなエメラルドグリーンの目に見つめられると、ティナはいつも怖気付いた。公爵邸には誰一人として、その瞳の色を持つ者はいない。父親譲りのその色を見ると、ティナは血のつながらないセレスをどう扱っていいのかわからなくなるからだ。

 セレスは、カタリーナとロシュフォール侯爵との間に生まれたが、侯爵はセレスが生まれる前に亡くなった。

 ロシュフォール侯爵は、カリスト家の縁戚にあたる名門の出身。未亡人となったカタリーナは、時を同じくして、エレオノーラを亡くしたカリスト公爵レオニスと、家のつながりを保つために政略結婚をした。幼いティナとセレスに『母』と『父』を与える名目でもあり、互いの間に愛情はなかった。

 セレスは実の父をよく知らない。だから、レオニスになついていた。しかし、ティナはどうしても、カタリーナになれることはできなかった。それが、余計に親子の確執を生んだのだろう。

 セレスはまだ幼かったが、おそらく気づいていた。実の母は、義理の姉をこころよく思っていないと。それは、自身をかわいがるあまりの憎悪だということに。

「セレスは……関係ないわ」

 のどをつまらせながら、ティナは答えた。さきほどから動悸がして、うまく言葉がつむげない圧迫を感じている。

「お姉さまは幼いころ、よくお歌を歌ってくれたわよね」
「急に何を言い出すの」
「私、お姉さまの声が好きだったわ。透き通るようで、よく響く声」

 セレスが好意を見せるとは思ってなくて、ティナは困惑した。しかし、セレスとは決定的な何かがあって仲違いしたわけではない。カタリーナが不機嫌になるから、ティナはセレスから離れただけだった。

「もう……、何を歌っていたかは忘れたわ」
「私も。あのころのことは、遠い昔のように感じるの。……戻れないって、きっと、そういうものよね」
「……そうね、戻れない」

 セレスは貴族たちの間で、いずれ、王太子妃になるだろうと言われていた。しかし今は、ティナの失態のせいで、その話がどうなるかもわからない。もし、王太子との結婚が実らなかったら、セレスはティナを一生許さないだろう。

「私を……姉だなんて思わなくていいのよ」

 ティナはぽつりとつぶやくと、眉をわずかにひそめるセレスに背を向けて、足早に階段をくだった。
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